先天盲からの回復

先天盲からの回復：視覚獲得と認知の再構築

先天盲から回復する過程は、生来視覚を持たずに育った人が、手術などにより視力を得た後、視覚を取り戻していく複雑なプロセスです。17世紀後半、哲学者たちが「モリヌークス問題」で視覚と経験の関係を論じたことから、この分野への関心が集まりました。その後、眼科医による症例報告が増え、哲学的な思考実験から経験科学的な研究へと発展。メタアナリシスや実験心理学、リハビリテーション、人工臓器、ブレイン・マシン・インタフェースといった多様なアプローチで研究が進められています。

開眼術の歴史

古代から近代

白内障に対する外科的治療は古代から存在しました。古代インドのアーユルヴェーダでは水晶体を切開する方法が用いられ、ローマ帝国には白内障手術の専門家もいました。西洋では、18世紀中頃まで針を用いて水晶体を眼球奥に落とす方法が主流でしたが、その後、白濁部分のみを除去する手法が登場し、19世紀には主流となりました。ヘルムホルツの検眼鏡開発（1851年）やグレーフェによる白内障・緑内障手術の開発は、眼科手術の進歩に大きく貢献しました。

手術における痛みの問題は古くから課題でした。古代インドでは人乳が、ギリシャやローマでは麻薬が鎮痛に使われたとされます。近代医学ではエーテルやクロロホルムが用いられましたが、眼科領域ではコカインによる表面麻酔（1884年）の発見が画期的でした。同年、アルコール消毒と昇汞水による消毒法の導入により、手術の感染リスクも軽減されました。

近現代から現代

白内障手術は、かつては水晶体が硬くなってから行われていましたが、眼内レンズの開発（1949年）により、手術後の視力回復が向上しました。超音波による水晶体粉砕吸引法（1965年）やフェイコ・プレチョップ法（1998年）などの技術革新も進み、レーザー手術なども行われています。緑内障手術も、虹彩切除術を基本に改良が続けられています。角膜移植は1928年に報告され、アイバンクの設立につながりました。

現在、人工角膜、遺伝子治療、薬剤治療、人工臓器、角膜再生などの研究開発が進められています。

症例研究

古代からの症例記述は手術法が中心でしたが、モリヌークス問題を契機に、開眼手術後の視覚回復に関する報告が増えました。ゼンデン（1932年）は66例を集めて研究をまとめ、その後、グレゴリー、ヴァルヴォ、サックスらによる研究、そして日本の元良、松本、黒田、鳥居、望月らによる研究が積み重ねられてきました。近年では、磁気イメージングを用いた研究なども行われています。

動物実験

1930年代から、動物を用いた「視覚刺激遮断実験」が行われ、視知覚障害のメカニズム解明に役立っています。リーゼン（1947年）のチンパンジー実験は、視知覚が学習によって獲得されるという仮説を支持する結果となりました。現在も、動物実験は脳機能障害や視覚領域の研究に活用されています。

回復過程

保有視覚

手術前の視覚状態（保有視覚）は、回復過程を理解する上で重要です。ゼンデンは保有視覚を3段階に分類し、鳥居はさらに詳細な分類を提案しています。保有視覚は術後の回復過程と関連していることが指摘されています。

開眼直後

開眼直後には、眼球振盪による固視困難や追視困難などが起こることがあります。明暗しか認識できなかった人は、まぶしさや光への不適応を訴えることが多いです。適切な指導や学習がなければ、視覚回復に失敗する可能性もあります。

色覚

色覚の回復は、保有視覚によって異なり、明暗しか認識できなかった人でも、色への関心や学習は比較的容易です。鳥居は色知覚獲得を3段階に分類しています。

形

形の識別は色覚より遅く、場合によっては識別できないこともあります。ヴァルヴォは「光と影が交錯する時期」を想定し、鳥居は地と図の弁別から立体識別までの4段階を提案しています。開眼初期には触覚的な探索行動が見られることもあります。

事物の認知

術後すぐに事物を視覚だけで識別できるわけではありません。開眼者は、明るさ、色、形などの属性を手がかりに、触覚などの情報を併用して事物を認知していきます。鳥居は、事物の識別過程を段階的に分類しています。

社会的視覚

他者認知、特に顔や表情の認知は、社会生活を送る上で重要です。開眼初期には色などの単純な特徴から人を識別しようとしますが、表情認知には時間がかかり、非言語コミュニケーションの理解も困難です。鳥居・望月は、開眼者における他者認知、表情認知、非言語コミュニケーション認知の変化を詳細に研究し、その過程を段階的に分類しています。

先天盲開眼研究の問題と展望

先天盲開眼研究には、長期的な追跡調査の必要性、学際的な研究体制の構築、そして先天盲そのものの減少といった課題があります。インドの「プロジェクト・プラカシュ」のように、脳科学的な視点も取り入れた研究が期待されています。

参考文献

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