全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言

聖マラキの預言：真実と虚構のはざまに

「聖マラキの予言」とは、12世紀のアイルランドの聖職者、聖マラキ（マラキアス）によるものとされる歴代ローマ教皇に関する予言である。しかし、現在では1590年頃に作成された偽書であると考えられている。本記事では、この予言の概要、成立の背景、解釈をめぐる論争について詳しく解説する。

概要

この予言は、1143年に教皇に就任したケレスティヌス2世以降の教皇（対立教皇を含む）に関するもので、全部で111個の短いラテン語の標語と、最後の教皇に関する散文で構成されている。標語は、教皇の姓名、紋章、出身地、性格、在位期間中の出来事などを象徴的に表していると解釈されてきた。

しかし、この予言が最初に公になったのは、マラキの死後450年以上経った1595年であり、それ以前にはその存在を示す記録が一切存在しない。この点や、当時の時代背景から、1590年の教皇選挙（コンクラーヴェ）に合わせて作られた偽書であるという説が有力となっている。

成立の背景

この予言が最初に公刊されたのは、1595年にベネディクト会の修道士アルノルド・ヴィオンが著書『生命の木』に収録した時である。ヴィオンは、この予言をバチカンの文書保存庫で見つけたとされることもあるが、彼自身は詳細な出典を明らかにしていない。バチカン図書館でも調査が行われたが、この予言に関する記録は見つからなかった。

現在では、この予言は1590年のコンクラーヴェに合わせて偽作されたと考えられている。『生命の木』に収録された予言には、過去の教皇に関する標語には解説が付けられているが、ウルバヌス7世（在位1590年）以降の教皇については解説がない。これは、予言がウルバヌス7世の死後に作成されたことを示唆している。

偽作の動機としては、ウルバヌス7世の次の教皇に、オルヴィエート出身の枢機卿ジロラモ・シモンチェッリを擁立しようとしたのではないかという説がある。予言の75番目の標語が「町の古さによって」となっており、オルヴィエート（「古い町」が語源）を暗示しているためである。

16世紀には、歴代教皇を予言するという形式の偽書が多数存在した。聖マラキの予言も、その一つであると考えられている。1590年のコンクラーヴェをめぐっては、スペイン国王フェリペ2世が教皇選挙に介入するなど、政治的な駆け引きが激しかった。このような状況が、偽予言の作成を促した可能性も指摘されている。

解釈をめぐる論争

イエズス会士のクロード＝フランソワ・メネストリエは、17世紀に初めて本格的な偽作説を唱えた。彼は、1595年以前にこの予言に関する記録が全く存在しないこと、予言の配列が年代順になっていないこと、1595年以前の予言には誤った情報が含まれていることなどを指摘した。

また、メネストリエは、予言の標語があまりにも漠然としすぎており、こじつければ他の教皇にも当てはまることを示した。例えば、「追い払われた敵」という標語は、ルキウス2世だけでなく、その直前の対立教皇アナクレトゥス2世にも当てはまるという。

19世紀には、フランソワ・キュシュラが聖マラキの予言は真作であると擁護したが、M. J. オブライエンが反論した。その後も、ジョゼフ・メートルが擁護論を展開したが、現在では16世紀に捏造された偽書として扱われるのが一般的である。

しかし、偽作説が有力視されるようになってからも、予言信奉者たちはそれぞれの標語が教皇自身や歴史的事件を的中させていると主張してきた。そして、ヨハネ・パウロ2世が在位している頃までは、マラキの最後の予言（ローマ教会または世界の破滅）が1999年頃に実現すると考える者たちもいた。

予言一覧

予言は、1番から111番までの標語と、最後の教皇に関する散文で構成されている。1番から74番までは、1590年のウルバヌス7世に対応する標語で、『生命の木』に収録された時点で解説が付けられていた。75番以降の予言には、初出の時点では解説が付いていなかった。

最後の予言

111番目の標語の後に書かれているのは、以下の二文である。

「ローマ聖教会への極限の迫害の中で着座するだろう」(In psecutione. extrema S.R.E. sedebit.)
「ローマびとペトロ、彼は様々な苦難の中で羊たちを司牧するだろう。そして、7つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が人々に下る。終わり。」(Petrus Romanus, qui paſcet oues in multis tribulationibus : quibus tranſactis ciuitas ſepticollis diruetur, & Iudex tremẽdus iudicabit populum ſuum. Finis.)

信奉者たちは、この二文をひとまとまりの予言と捉え、112番目の教皇の時に世界最終戦争が起こるのではないか、あるいは112番目の教皇はコンクラーヴェを経ないで教皇を僭称する人物になるのではないかなどと解釈してきた。

しかし、偽書説の立場からは、このフレーズは予言ではなく、結語のような注記として書き加えられたもので、聖マラキに帰せられている予言の部分には含まれていなかったという見解もある。

結論

「聖マラキの予言」は、その内容の神秘性から多くの人々の関心を集めてきた。しかし、その成立過程や解釈をめぐる論争を考慮すると、歴史的な資料としてではなく、16世紀末の政治状況を反映した偽書として捉えるのが妥当であろう。

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