八十川ボーク事件
八十川ボーク事件は、1931年（昭和6年）春、東京六大学野球リーグ戦の慶應義塾大学対明治大学の試合中に発生した、日本の野球史における重要な出来事です。
この試合は、両校にとって優勝の行方を左右する重要な一戦であり、球場は異様なほどの緊張感に包まれていました。試合は初回から点の取り合いとなり、緊迫した展開で進んでいきました。事件が起きたのは、明治大学が1点リードして迎えた8回裏、慶應義塾大学の攻撃中、一死一・三塁という得点圏に走者を置いた場面でした。
マウンドには明治大学の二番手投手、八十川胖（やそがわ ゆたか）がいました。八十川投手は三塁走者を警戒し、牽制球を投げるそぶりを見せましたが、すぐさま反転して一塁走者へ牽制球を投げました。この時、八十川投手は一度投手板（プレート）から軸足を外していました。しかし、これを見た慶應義塾大学の腰本寿監督がダグアウトから飛び出し、「ボークだ！」と大声で主張しました。
主審を務めていた浅沼誉夫審判は、これに応じる形でボークを宣告しました。この判定に対し、明治大学の岡田源三郎監督をはじめとするベンチや選手たちは猛烈に反発し、浅沼主審を取り囲んで激しい抗議を展開しました。議論は白熱し、実に40分間もの長い中断となりました。しかし、審判の判定は覆らず、ボークが宣告されたことで三塁走者が生還し、試合は6対6の同点となりました。
同点のまま迎えた9回裏、慶應義塾大学の攻撃は二死となり、このまま引き分けになるかと思われました。しかし、慶應義塾大学の小川年安選手が三塁打で出塁し、続く打者がセンターへ大きなフライを放ちました。この打球を追いかけた明治大学の中堅手（途中から投球から守備に回っていた田部武雄選手）は懸命に背走しましたが、グラブの先からボールがこぼれ落ち、慶應義塾大学が7対6で劇的なサヨナラ勝ちを収めました。
試合終了後、グラウンドには数千人に及ぶ両校の応援団がなだれ込み、小競り合いが始まりました。球場内外は騒然とし、混乱が広がりました。怒りを募らせた明治大学の応援団が球場正面入口で騒ぎ始めたため、事態を重く見た警察は300名を動員して警備にあたりました。慶應義塾大学の選手たちは安全のため、およそ4時間にわたり球場内に留まることを余儀なくされました。その間、明治大学の応援団に発見された慶應義塾大学の腰本監督と一部の選手数名が暴行を受ける事態も発生しました。
八十川投手が行った三塁に偽投して一塁へ牽制する動作は、本来、投手板から軸足を外して行えば、ボークとはみなされません。しかし、この事件の背景には、この年の春季リーグ開幕前に開かれた審判会議で、このような牽制動作はボークとみなすという特別な取り決めがなされていたことが挙げられます。しかも、大和球士氏の著書によれば、この取り決めが、関係者全てではなく、一部の大学にしか周知されていなかったためとされています。この出来事は、それまで六大学野球部のOBによって構成されていた専属審判制度が見直され、現役学生が審判を務める制度へと移行する大きなきっかけとなりました。
また、この試合の再開にあたっては、「後日リーグ理事会で不当と認められた場合は勝敗を無効とする」という条件が付けられていました。明治大学側は、審判制度に関する問題や判定について「試合は成立していない」と主張し、再試合をリーグに迫ることも可能でしたが、応援団による暴行事件を起こした責任から、それを主張することが難しくなったとされています。応援団による一連の騒動の責任を取り、明治大学はこの後のリーグ戦出場を辞退し、このシーズンの順位は事実上最下位（5位）となりました（このシーズンは法政大学が米国遠征のため不参加でした）。
ちなみに、この事件の主要人物である八十川胖投手、田部武雄選手、そして慶應義塾大学の小川年安選手は、広島広陵中学（現・広陵高校）のチームメイトでした。八十川投手が行った牽制動作は、現在でも多くの投手が行っており、ランナーが引っかかることは稀ですが、元々は田部選手が最初に考案したもので、八十川投手はそれを真似たと言われています。また、捕手である小川選手も同様の牽制を得意とし、阪神タイガース時代にはこれを「ツバメ返し」と呼んだとされていますが、現在ではこの呼び方は一般的ではありません。八十川投手自身は、広陵中学時代に甲子園でノーヒットノーランを達成するなど速球派の名投手として知られ、後に明治大学野球部監督も務めています。後年、東京六大学野球で別の大きな騒動となる「リンゴ事件」の主役となる水原茂選手も、この八十川ボーク事件の試合に途中出場しており、ボーク宣告時には一塁走者としてグラウンドにいました。
八十川ボーク事件は、単なる試合中の判定トラブルに留まらず、不透明なルール運用や試合後の暴力沙汰を含め、リンゴ事件と並び称される東京六大学野球史に残る不祥事として記憶されています。
この試合は、両校にとって優勝の行方を左右する重要な一戦であり、球場は異様なほどの緊張感に包まれていました。試合は初回から点の取り合いとなり、緊迫した展開で進んでいきました。事件が起きたのは、明治大学が1点リードして迎えた8回裏、慶應義塾大学の攻撃中、一死一・三塁という得点圏に走者を置いた場面でした。
マウンドには明治大学の二番手投手、八十川胖（やそがわ ゆたか）がいました。八十川投手は三塁走者を警戒し、牽制球を投げるそぶりを見せましたが、すぐさま反転して一塁走者へ牽制球を投げました。この時、八十川投手は一度投手板（プレート）から軸足を外していました。しかし、これを見た慶應義塾大学の腰本寿監督がダグアウトから飛び出し、「ボークだ！」と大声で主張しました。
主審を務めていた浅沼誉夫審判は、これに応じる形でボークを宣告しました。この判定に対し、明治大学の岡田源三郎監督をはじめとするベンチや選手たちは猛烈に反発し、浅沼主審を取り囲んで激しい抗議を展開しました。議論は白熱し、実に40分間もの長い中断となりました。しかし、審判の判定は覆らず、ボークが宣告されたことで三塁走者が生還し、試合は6対6の同点となりました。
同点のまま迎えた9回裏、慶應義塾大学の攻撃は二死となり、このまま引き分けになるかと思われました。しかし、慶應義塾大学の小川年安選手が三塁打で出塁し、続く打者がセンターへ大きなフライを放ちました。この打球を追いかけた明治大学の中堅手（途中から投球から守備に回っていた田部武雄選手）は懸命に背走しましたが、グラブの先からボールがこぼれ落ち、慶應義塾大学が7対6で劇的なサヨナラ勝ちを収めました。
試合終了後、グラウンドには数千人に及ぶ両校の応援団がなだれ込み、小競り合いが始まりました。球場内外は騒然とし、混乱が広がりました。怒りを募らせた明治大学の応援団が球場正面入口で騒ぎ始めたため、事態を重く見た警察は300名を動員して警備にあたりました。慶應義塾大学の選手たちは安全のため、およそ4時間にわたり球場内に留まることを余儀なくされました。その間、明治大学の応援団に発見された慶應義塾大学の腰本監督と一部の選手数名が暴行を受ける事態も発生しました。
八十川投手が行った三塁に偽投して一塁へ牽制する動作は、本来、投手板から軸足を外して行えば、ボークとはみなされません。しかし、この事件の背景には、この年の春季リーグ開幕前に開かれた審判会議で、このような牽制動作はボークとみなすという特別な取り決めがなされていたことが挙げられます。しかも、大和球士氏の著書によれば、この取り決めが、関係者全てではなく、一部の大学にしか周知されていなかったためとされています。この出来事は、それまで六大学野球部のOBによって構成されていた専属審判制度が見直され、現役学生が審判を務める制度へと移行する大きなきっかけとなりました。
また、この試合の再開にあたっては、「後日リーグ理事会で不当と認められた場合は勝敗を無効とする」という条件が付けられていました。明治大学側は、審判制度に関する問題や判定について「試合は成立していない」と主張し、再試合をリーグに迫ることも可能でしたが、応援団による暴行事件を起こした責任から、それを主張することが難しくなったとされています。応援団による一連の騒動の責任を取り、明治大学はこの後のリーグ戦出場を辞退し、このシーズンの順位は事実上最下位（5位）となりました（このシーズンは法政大学が米国遠征のため不参加でした）。
ちなみに、この事件の主要人物である八十川胖投手、田部武雄選手、そして慶應義塾大学の小川年安選手は、広島広陵中学（現・広陵高校）のチームメイトでした。八十川投手が行った牽制動作は、現在でも多くの投手が行っており、ランナーが引っかかることは稀ですが、元々は田部選手が最初に考案したもので、八十川投手はそれを真似たと言われています。また、捕手である小川選手も同様の牽制を得意とし、阪神タイガース時代にはこれを「ツバメ返し」と呼んだとされていますが、現在ではこの呼び方は一般的ではありません。八十川投手自身は、広陵中学時代に甲子園でノーヒットノーランを達成するなど速球派の名投手として知られ、後に明治大学野球部監督も務めています。後年、東京六大学野球で別の大きな騒動となる「リンゴ事件」の主役となる水原茂選手も、この八十川ボーク事件の試合に途中出場しており、ボーク宣告時には一塁走者としてグラウンドにいました。
八十川ボーク事件は、単なる試合中の判定トラブルに留まらず、不透明なルール運用や試合後の暴力沙汰を含め、リンゴ事件と並び称される東京六大学野球史に残る不祥事として記憶されています。
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