八村義夫

八村義夫：狂乱と静寂が交錯する音世界

八村義夫（はちむらよしお、1938年 10月10日 - 1985年 6月15日）は、日本の現代音楽を代表する作曲家です。東京都に生まれ、その短い生涯の中で、独自の音楽観と作風を確立しました。彼の音楽は、時に激しく、時に静謐であり、その二面性が聴衆を魅了します。

生涯

音楽への目覚め

9歳からヴァイオリンを始めた八村は、「桐朋学園子供のための音楽教室」で音楽の基礎を築きました。柴田南雄や入野義朗といった著名な音楽家から、聴音、音楽理論、ソルフェージュなどを学び、音楽の才能を開花させました。中学校からは作曲とピアノを松本民之助に師事し、作曲家としての道を歩み始めます。

東京藝術大学での研鑽

1954年、東京都立駒場高等学校芸術科にヴァイオリン専攻で入学した八村は、1957年に東京藝術大学作曲科に進学します。在学中には「オーケストラのためのレントとアレグロ」が第29回音楽コンクールで第3位を受賞し、その才能を世に知らしめました。島岡譲に師事し、1961年に東京藝術大学を卒業。その後、都立高校の非常勤講師や東京理科大学オーケストラ部の指導などをしながら、和声の研究を深めるために東京藝術大学大学院に進学しました。

作曲活動の本格化

1965年頃から「オーケストラのためのヴァリアシオン・ピカレスク」の構想を練り始めたものの、完成には至らなかったとされています。しかし、実際には第1楽章部分とされる楽譜が現存しており、彼の創作意欲の高さが伺えます。1969年には、第3回日独現代音楽祭で「星辰譜」を発表。1967年からは桐朋学園大学や東京藝術大学で教鞭をとり、後進の育成にも尽力しました。この頃から作曲活動を本格化させ、ピアノとオーケストラのための「錯乱の論理」は、1976年度福山賞、1980年度国際現代音楽協会入選作品に選出されるなど、高い評価を得ました。

海外での研鑽と晩年

1977年から78年にかけては、文化庁海外研修員としてニューヨークとパリに滞在し、見聞を広めました。帰国後も、金属打楽器のみを用いた「ドルチシマ・ミア・ヴィタ」などで新しい音世界を開拓し、更なる飛躍が期待されましたが、長年の深酒が原因で1983年に結腸癌で入院。創作ペースは急激に低下しました。1985年には第3回中島健蔵音楽賞、第23回レコード・アカデミー特別部門を受賞したものの、同年6月15日に癌性腹膜炎により、46歳の若さでこの世を去りました。

作風

超表現主義とロマンティシズム

八村の作風は、一般的に超表現主義とロマンティシズムという二つの側面から語られます。初期の作品ではセリーとクラスター技法を多用し、シェーンベルクの影響を強く受けていますが、1960年代以降は、イタリアの作曲家シルヴァーノ・ブッソッティからの影響が色濃く見られます。特に、「彼岸花の幻想 (1969)」や「エリキサ (1974)」では、ブッソッティの「クラヴィアのために (1963)」からの直接的な引用が認められます。旋法性と前衛イディオムの間を行き来する作風は、ブッソッティの「アルバムの1ページ (1970)」、「ラーラ・レクイエム (1970)」のアイディアを踏襲したものと言えるでしょう。

狂乱と静寂の同居

八村の音楽の特徴は、狂乱と静寂という対極的な要素が同時に存在している点にあります。それは、彼の音楽が持つ独特な緊張感と、深い内面性を表しています。また、イタリア・ルネサンス時代の作曲家カルロ・ジェズアルドを敬愛し、彼の作品に見られる半音階進行も八村の作品に多く用いられています。ジェズアルドの持つ、ある種異常な音響世界と、八村の暗澹としたマニエリスムな音の連なりには、共通する美意識が存在すると言えるでしょう。

全作品

生前に完成された作品は20作で、以下の21作品が現存しています。作品名には外国語が混ざって表記されていることがありますが、これは本人の意向によるものです。

(作品リストは省略)

付随音楽など

八村は、教育番組やテレビCM、ラジオドラマなど、幅広い分野で音楽制作に携わっています。以下に、代表的な付随音楽の作品を記載します。

- 「世界で一番みにくい男」のための音楽（1956年、駒場高校放送局委嘱）
- 「いいけどタバコがほしい」のための音楽（1961年、東京芸術大学演劇部委嘱）
- 「テレビでおけいこ<みんなでお習字>」のための音楽（1962年、NHK学校放送部委嘱）
- 「たのしいひるやすみ<キカン車と少年>」のための音楽（1964年、NHK学校放送部委嘱）
- 「たのしい図工<自動車>」のための音楽（1964年、NHK学校放送部委嘱）
- 「お正月番組、写真構成<瀬戸内海>」のための音楽（1964年、NHK学校放送部委嘱）
- 「日本の自然」のための音楽（1965年、NHK学校放送部委嘱）
- 「夏のテレビクラブ<土器とブルドーザー>」のための音楽（1965年、NHK学校放送部委嘱）
- 「瀬戸内の少年」のための音楽（1965年、NHK学校放送部委嘱）
- 「日本の農業」のための音楽（1966年、NHK学校放送部委嘱）
- 『ぼくの入江』独唱、ピアノのための（作詞:若谷時子、1966年、NHK学校放送部委嘱）
- 「海運このごろ」のための音楽（1966年、NHK学校放送部委嘱）
- 「平和のねがい」のための音楽（1967年、NHK学校放送部委嘱）
- NHKテレビ「消雪作戦スタート」のための音楽（1968年、NHK札幌放送局委嘱）
- 東京都足立区鹿浜西小学校校歌（1969年、同校委嘱）
- 『三つの童謡ポープリ』（1969年、大塚明委嘱）
- 「アカイ・テープレコーダー」テレビコマーシャルの音楽（1969年、アカイ委嘱）
- 「少年と小馬」のための音楽（1971年、NHK札幌放送局委嘱）
- ラジオドラマ「海牛おたね」のための音楽（1971年、NHKラジオドラマ班委嘱）
- 資生堂テレビコマーシャルの音楽（1972年、資生堂委嘱）
- NHKテレビ「アジアの自然」のための音楽（1973年、NHK委嘱）
- 「ほるぷ教育体系」の音楽（1973年、ほるぷ出版委嘱）

著作

八村は、自身の音楽観をまとめた著作も残しています。

- 『ラ・フォリア――ひとつの音に世界を見、ひとつの曲に自らを聞く』草思社、1986年

エピソード

八村の制作に対する情熱を物語るエピソードとして、「空中キャッチ」の制作中に、エンジニアに頭の中で思いついた響きをそのまま制作して欲しいと要求し、エンジニアを困らせたという話が残っています。

参考文献

- 『クラシック音楽の20世紀2作曲の20世紀II』 - 音楽之友社
- 『日本の作曲20世紀』 - 音楽之友社
- 秋山邦晴編集『日本の作曲家たち』下巻 - 音楽之友社