再回答不要の原則

ワンスオンリー原則とは

ワンスオンリー原則（The Once-Only Principle、略称：TOOP）とは、「市民、機関、企業が、特定の標準情報（氏名や登記情報など）を、行政機関に一度提出すれば、二度目の提出を不要とする」という原則です。この原則は、電子政府がもたらすメリットを最大限に引き出すために不可欠な要素とされています。

具体的には、データ保護規則とユーザーの明示的な同意を前提として、行政機関間で情報共有を進めることで、市民や企業は繰り返し同じ情報を提供する必要がなくなり、行政側も効率的な業務遂行が可能となります。この原則は、欧州連合（EU）が推進するデジタル単一市場の発展においても、重要な役割を果たしています。

再回答不要の原則の目的

この原則の主な目的は、EU加盟国全体で行政の負担を軽減することです。2009年にEUの大臣によって承認された電子政府に関する閣僚宣言でも、その重要性が強調されています。また、EUのデジタル単一市場の基本原則の一つであり、EU電子政府行動計画2016-2020でも重要な柱として位置づけられています。

定義の多様性

再回答不要の原則の定義は、EU加盟国間で異なる場合があります。一部の国では、収集されたデータを単一のデータベースに保存することを意味するデータストレージを指す一方で、他の国では、データを一度だけ行政に送信すれば、複数のデータリポジトリに送信することも可能なデータ収集を指します。さらに、両方のアプローチを組み合わせる国も存在します。

「政府中心」対「市民中心」のアプローチ

再回答不要の原則の実装には、「政府中心」と「市民中心」という2つの相反するアプローチが存在します。

政府中心モデル

政府中心のモデルでは、市民はアプリケーション、境界、データベース間で、同じ識別子を使用するか、簡単にリンクできる識別子を使用します。このアプローチでは、データ管理は一元化され、効率化が期待できる一方で、プロファイリングやリスクの蓄積につながる可能性も指摘されています。

市民中心モデル

市民中心のモデルでは、市民はリンク可能な識別子を使用せず、仮名やデジタル署名などの技術を活用します。これにより、市民はデータブローカーとしての役割を担い、分散的なデータ管理が可能となります。このアプローチは、プライバシー保護やセキュリティリスクの軽減に有効とされています。市民中心のモデルは、デンマークのCitizenKeyというモデルで実装されています。

ワンスオンリー原則の利点

ワンスオンリー原則の導入は、以下のような多くの利点をもたらします。

管理負担の軽減: 行政機関は、同じ情報を繰り返し収集・保存する必要がなくなり、コスト削減と効率化が実現します。
データ保護の強化: 情報の一元管理により、データ保護に関する懸念に対処しやすくなります。
プロセスの最適化: 顧客対応の効率化、紙ベースの手続きの削減、データエラーの減少などが期待できます。
コスト削減: 行政機関のコスト削減や公共サービスの質向上が期待できます。
公平性の確保: 国内外の個人や企業に対して、公共サービス利用における平等な待遇を確保できます。
透明性と説明責任の向上: 行政の正当性、透明性、説明責任が改善されます。

実装における障壁

ワンスオンリー原則の適用には、いくつかの障壁が存在します。

技術的障壁: データ交換ソリューションの不足、相互運用可能なカタログの欠如、ITインフラの不足などが挙げられます。
組織的障壁: 明確な政治的ガイダンスの欠如、高い実装コスト、データ交換に対する管理者の意欲の欠如などがあります。
意味論的障壁: レジスターの欠如や過剰分散、データ形式の非互換性などが挙げられます。
法的障壁: 国内の法的枠組みの異質性、データ保護、プライバシーの尊重などが含まれます。

批判と公の反応

欧州データ保護監督官（EDPS）は、ワンスオンリー原則の導入を歓迎する一方で、データ保護原則の明確化を求めています。特に、目的制限の原則を制限すべきではないと主張しています。

また、アドボカシーグループのEuropeanDigital Rights（EDRi）は、ユーザー指向の実装を求めており、設計段階からプライバシー保護を組み込むべきだと指摘しています。

国民の間では、この原則に対する懐疑的な見方が存在し、大規模な実装に対する支持は低い傾向にあります。

各国におけるワンスオンリー原則の事例

エストニア

エストニアでは、ほとんどの行政手続きでワンスオンリー原則が適用されています。公開情報法により、同じデータを収集するためのデータベース作成が禁止されており、経済活動法により、企業に対してすでに公開されている情報の提供を求めることが禁じられています。また、医療分野では、電子医療記録を通じて患者情報を一元管理し、データ再入力の手間を省いています。

オランダ

オランダでは、Stelsel van Basisregistraties（基本レジストリシステム）を通じて、企業と個人に関する情報を一元管理しています。また、税務署は事前入力された納税申告書を提供し、ユーザーは手動で税フォームを入力する必要をなくしました。さらに、医療分野では、ElektronischPatiëntenDossier（EPD、電子患者ドシエ）を通じて患者情報の共有を可能にしています。

ベルギー

ベルギーでは、連邦政府の行政機関が公式登録簿からデータを取得することを義務付けています。eIDシステムにより、データ交換と公共電子サービスへのアクセスが容易になっています。また、MAGDAプラットフォームを通じて、政府機関間でのデータ共有が実現しています。フランダース地域では、「vraag niet wat je alweet」原則が採用され、行政機関が利用可能なデータソースから情報を取得することを求めています。

オーストリア

オーストリアでは、電子政府サービスの分野でデータ統合が進められており、オーストリアの家族手当制度では、子供の誕生後、自動的に手当支給の可否が判断されます。また、電子健康記録（ELGA）など、他の分野でもこの原則が適用されています。

ポルトガル

ポルトガルでは、年次税務フォームにおいて、ワンスオンリー原則が導入されており、さまざまな政府機関のデータを使用して事前にフォームが記入されています。

デンマーク

デンマークは、政府中心のワンスオンリーモデルを追求してきましたが、現在は市民中心のモデルへの移行を模索しています。eIDAS第5.2条をサポートする2層のNational Identity and Digital Signature Schemeの導入を進めています。

スペイン

スペインでは、行政手続法により、行政機関がすでに所有しているデータの再提出を市民に要求しない権利が認められています。全国的なデータ仲介プラットフォーム（DIP）を通じて、政府機関がデータを共有・再利用するための協調的な取り組みを行っています。市民はオンラインサイトを通じて自分のデータ交換を確認できます。

国境を越えた事例

e-SENS

e-SENSは、EUの再利用可能な技術コンポーネントを通じて、デジタルの国境を越えた管理を可能にする大規模パイロットプロジェクトです。スウェーデンでは、第三国の学生がeIDを使用して大学の学術プログラムにアクセスできるようにするオンラインサービスがテストされています。

Nordic Institute for Interoperability Solutions（NIIS）

NIISは、エストニアとフィンランドによって設立された非営利団体で、X-Roadデータ交換レイヤーを開発しています。X-Roadは、エストニアとフィンランド間の国境を越えたデータ交換を可能にします。

eマニフェスト

eManifestパイロットプロジェクトは、海上輸送の報告手続きを簡素化するために、海事データの1回限りの原則の実装をテストするプロジェクトです。

法人登記簿相互接続システム

BRIS（Business Registers Interconnection System）は、ヨーロッパのビジネスレジスターに国境を越えた協力プラットフォームを提供するEUレベルのイニシアチブです。

X-trans.eu

X-trans.euは、国境を越えた重量物輸送の申請と承認手続きを迅速化するためのパイロットプロジェクトで、企業が同じ輸送について異なる地方自治体に複数回申請する必要をなくします。

研究プロジェクト

The Once-Only Principle Project（TOOP）は、企業に関する情報の国境を越えた交換を検証するHorizon 2020プログラムです。また、SCOOP4Cは、市民への公共サービスの提供を改善する方法を調査するEUの調整およびサポートアクションです。

まとめ

ワンスオンリー原則は、行政手続きの効率化、コスト削減、市民の負担軽減に不可欠な原則です。しかし、実装には技術的、組織的、意味論的、法的障壁が存在します。各国の事例を参考にしながら、これらの課題を克服し、ワンスオンリー原則のより広範な適用を目指していく必要があります。

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