出家とその弟子

倉田百三『出家とその弟子』

『出家とその弟子』は、倉田百三によって書かれた戯曲であり、大正時代の文芸界に大きな影響を与えました。鎌倉時代の僧、親鸞とその弟子である唯円を中心に、人間の罪、愛欲、そして信仰との葛藤を描いた作品です。この作品は、発表当時から様々な議論を呼びましたが、多くの若者から熱狂的な支持を受け、倉田百三の代表作として知られています。

作品の背景

倉田百三自身が、失恋、病気、そして家族の死といった挫折を経験したことが、この作品の執筆に大きく影響しています。また、学生時代に影響を受けた西田幾多郎の哲学や、一時期身を寄せた一燈園での経験、キリスト教や仏教への傾倒など、倉田百三の思想的な背景が色濃く反映されています。

物語の概要

物語は、浄土真宗の開祖である親鸞と、その弟子である唯円、そして親鸞の息子である善鸞を中心に展開されます。親鸞と善鸞の親子の葛藤、唯円の恋愛と信仰の摩擦が、物語の軸となっています。善鸞は、人妻との許されない恋から親鸞に義絶され、苦悩の中で酒と女に溺れる日々を送ります。一方、唯円は遊女であるかえでと恋に落ちますが、僧院と遊女屋からの反発を受け、苦悩します。物語は、これらの登場人物たちが抱える煩悩や罪業、そして信仰との相克を描きながら、人間の「さびしさ」や苦悩に焦点を当てています。

作品のテーマ

『出家とその弟子』は、人間の罪深さ、愛欲、そして死といった普遍的なテーマを扱っています。作中では、親鸞の教えを通じて、人間は「罪あるもの」、「死ぬるもの」であり、確かなものはただ「祈り」だけであると説かれています。登場人物たちは、それぞれの苦悩を抱えながらも、最終的には浄土真宗の教義に包摂され、救いを見出していきます。

評価と影響

『出家とその弟子』は、発表当時から賛否両論がありましたが、若者を中心に熱狂的な支持を受けました。特に、その率直な感情表現や、人間の弱さや脆さを描いた点が、多くの読者の共感を呼びました。また、この作品は、ロマン・ロランからも高く評価され、世界各国で翻訳されるなど、国際的にも知られるようになりました。

しかし、仏教界からは、史実の親鸞を歪曲しているという批判や、キリスト教的な要素が混在しているという指摘もありました。文壇からは、言葉に対する美的感覚が希薄である、哲学・キリスト教・仏教などの相反する観念が説明もなく混在しているなどと指摘されました。

『出家とその弟子』の大ヒットは、倉田百三の名を世間に知らしめただけでなく、文学界に「親鸞ブーム」を巻き起こし、大正時代を通じて様々な宗教文学が隆盛するきっかけとなりました。また、この作品は、その後の日本の文学や思想にも大きな影響を与え、今日に至るまで読み継がれています。

舞台化

『出家とその弟子』は、たびたび舞台化もされています。1919年にはエラン・ヴィタール小劇場によって初演され、その後も様々な劇団によって上演されてきました。特に、岡田嘉子が演じたかえで役は評判となり、彼女が花形女優になるきっかけとなりました。舞台版では、原作のテーマやメッセージを忠実に再現しつつ、視覚的な表現や演出によって、より深く観客に訴えかける作品となっています。

まとめ

『出家とその弟子』は、人間の普遍的な苦悩や葛藤を描いた作品であり、今日においても多くの読者に感動を与え続けています。倉田百三の思想や経験が色濃く反映されたこの作品は、日本の近代文学を代表する作品の一つとして、今後も読み継がれていくことでしょう。

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