分裂能格

分裂能格とは

分裂能格とは、一つの言語内で、文法的な条件によって能格構文と対格構文が使い分けられる現象を指します。能格構文と対格構文は、他動詞文における主語（動作主）と目的語（被動作主）、および自動詞文の主語の格表示が異なる構文です。多くの言語では一貫してどちらかの構文を使用しますが、分裂能格を示す言語では、特定の場合に構文が切り替わります。

アスペクトによる分裂

アスペクト（相）や時制の違いによって、能格構文と対格構文が使い分けられる現象は、多くの言語で見られます。一般的には、過去や完了のアスペクトにおいて能格構文が現れ、非過去や非完了のアスペクトにおいて対格構文が現れる傾向があります。

例えば、インド・イラン語派のヒンディー語では、基本的に対格構文が用いられますが、過去または完了のアスペクトにおいては、動作主（主語）に能格を表す後置詞「ne」が付加されます。また、動詞の人称は動作主ではなく、被動作主（目的語）に一致します。

例：

anitā abhī soniyā ko dekh rahī hai. （アニターは今ソーニヤーを見ている。）
anitā ne soniyā ko skūl mẽ dekhā thā. （アニターはソーニヤーを学校で見た。）

上の例では、1番目の文は非完了相であるため、アニターに後置詞は付いていません。しかし、2番目の文は完了相であるため、能格の後置詞が付加されています。

グルジア語も同様に、現在時制では対格構文、過去時制では能格構文を使用します。

人称による分裂

人称の違いによって能格構文と対格構文が使い分けられることもあります。一般的に、一人称は動作主として現れやすく、三人称や固有名詞は被動作主として現れやすい傾向があります。そのため、動作主として現れやすい人称には対格標示が、被動作主として現れやすい人称には能格標示が用いられることがあります。

動詞の種類による分裂

言語によっては、自動詞が動作を表すもの（活動動詞）と状態を表すもの（中立動詞）の2種類に分けられる場合があります。この場合、活動動詞の主語は他動詞の動作主と同形になり、中立動詞の主語は他動詞の被動作主と同形になります。このような言語は、能格言語や対格言語とは異なる「活格言語」として分類されます。

また、自動詞が2種類に分かれるわけではなく、主語によって動作が制御可能であるかどうかという意味の違いによって格標示を使い分ける言語もあります。このような現象は「流動的S」と呼ばれます。

チベット語は典型的な能格言語ですが、例外として、自動詞の中でも意志動詞、特に移動を表す動詞（「行く」「来る」など）の主語に能格の標示が付加されることがあります。この場合、動作主の意志による行為であることを強調する意味合いが含まれます。

まとめ

分裂能格は、言語における格表示の複雑さを示す現象であり、アスペクト、人称、動詞の種類など、様々な要因によって生じます。分裂能格の存在は、言語の多様性を理解する上で重要な要素となります。

参考文献

R.M.W.ディクソン 著、柳沢民雄、石田修一 訳『能格性』研究社、2018年。ISBN 9784327401719
神山孝夫『印欧祖語の母音組織―研究史要説と試論』大学教育出版、2006年。ISBN 9784887307186

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