刺青 (小説)

刺青：谷崎潤一郎の初期傑作と、その多様な映像化

谷崎潤一郎の処女作とされる短編小説『刺青』は、1910年（明治43年）11月に同人誌『新思潮』に掲載され、翌年には単行本として刊行されました。この作品は、谷崎文学の重要なモチーフとなる、肉体、特に女性の足や肌への強いフェティシズム、そしてそれに囚われた男の性的倒錯を鮮やかに描き出しています。その後の作品群を予感させる、初期作品ならではの力強い表現が特徴です。

物語のあらすじ

物語は、かつて浮世絵師であった彫り師、清吉を中心に展開します。清吉は、自分の魂を込めた刺青を女性の肉体に刻みたいという強い願望を抱いていました。しかし、なかなか理想の女性に出会えずにいました。ある日、駕籠から覗いた女性の美しい白い足を見て、清吉は運命の相手を見つけたと思い込みます。

清吉は、処刑される男性を見つめる妃を描いた絵や、男の死体に魅入られた若い女性を描いた「肥料」と題された絵を見せ、女性の心を揺さぶります。そして、抵抗する女性を麻酔で眠らせ、巨大な女郎蜘蛛の刺青を彼女の肌に彫り込んでいきます。

麻酔から覚めた女性は、まるで魔性の女のように変貌を遂げ、清吉に向かって「お前さんは真っ先に私の肥料になったんだねえ」と告げます。彼女は清吉の刺青によって、性的な魅力と危険性を併せ持つ存在へと変貌したのです。そして、清吉の誘いを受け、裸の背を朝日に曝します。この場面は、女性の肉体の美しさ、そしてその美しさの裏に潜む危険性を象徴的に表現しています。

多様な映像化：映画、テレビドラマ

『刺青』は、その官能的な描写と衝撃的なラストシーンから、何度も映像化されてきました。以下に、主な作品を紹介します。

映画

刺青 (1966): 大映製作。増村保造監督、新藤兼人脚本による作品。谷崎潤一郎のもう一つの短編『お艶殺し』も題材に取り入れられています。キネマ旬報ベストテンでは第29位。
刺青 IREZUMI (1984): 日活ロマンポルノ。現代劇としてアレンジされており、キネマ旬報ベストテンでは第61位。
刺青 SI-SEI (2005): アートポート製作。現代劇として翻案。
刺青 堕ちた女郎蜘蛛 (2007): アートポート製作。現代劇として翻案。
刺青 背負う女 (2009): 現代劇として翻案。
刺青 匂ひ月のごとく (2009): 現代劇として翻案。

テレビドラマ

* 刺青・魔性の秘密 (1988): テレビ東京『月曜・女のサスペンス』で放送された単発ドラマ。『刺青』と『秘密』を原作としている。

これらの映像作品は、時代や監督の解釈によって、原作小説の持つ官能性や心理描写を様々な形で表現しています。どの作品も原作の持つ独特の世界観を反映しつつ、それぞれの個性的な解釈を加えています。

作品への評価と影響

『刺青』は、谷崎潤一郎の初期作品ながら、その後の彼の作品世界を確立する上で重要な位置を占めています。女性の肉体への強い関心、そして性的倒錯といったテーマは、後の『痴人の愛』や『細雪』などでも繰り返し取り上げられることになります。『刺青』は、谷崎文学の根幹をなすテーマや表現様式が既に確立されつつある、重要な出発点と言えるでしょう。また、数多くの映像化からも分かるように、この作品は現代においても多くの人の関心を引きつけ続けています。その官能的な描写と、人間の心の闇をえぐる深みは、読者や観客に強烈な印象を与え続けるのです。

参考文献

本文中で触れた作品に関する参考文献などは省略します。

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