前川八郎

前川 八郎

前川 八郎（まえかわ はちろう、1912年4月1日 - 2010年3月16日）は、兵庫県出身の野球人。プロ野球選手として、そしてアマチュア指導者として、日本の野球界に大きな足跡を残した人物です。

球歴と黎明期の巨人での活躍

旧制神港中学校、國學院大學を経て、東京鉄道局で社会人野球選手としてプレーしました。1935年秋、国内遠征を行っていた東京巨人軍との対戦で、投手としてマウンドに立った前川は、シュートやカーブを駆使して強力な巨人打線を苦しめます。この時の高い実力が評価され、巨人の監督であった藤本定義と共に巨人軍へ迎え入れられることとなりました。

1936年7月1日、巨人軍にとって初の日本プロ野球公式戦が開催されました。この記念すべき試合に、前川は「二番・二塁手」として先発出場します。試合途中には先発の沢村栄治をリリーフする投手として登板し、再び二塁手に戻るという、当時ならではの役割を担いました。この試合で5打数2安打を記録する一方、投手としては打たれ、巨人軍初の公式戦敗戦投手となってしまいます。しかし、そのわずか2日後の7月3日に行われた大東京軍との試合では、「二番・二塁手」としてフル出場。二塁打で出塁して先制のホームを踏むなど、巨人軍の公式戦初勝利に大きく貢献しました。

同年9月に実施された茂林寺での猛特訓では、選手たちが最初にノックを受けたとされる伝説的なエピソードにも名を連ねています。この年、投手としては沢村に次ぐ二番手として、登板した試合は全て完封勝利という形で3勝を挙げました。同時に二塁手や三塁手もこなし、打者としてもチームで二番目に高い打率.262を記録するなど、投打にわたる活躍を見せました。

その後も、沢村やスタルヒンに次ぐ二番手、三番手投手としての役割を担う一方で、二塁手、三塁手、外野手と複数のポジションを兼任し、1938年まで巨人軍でプレーを続けました。投手として先発する際には主に下位打線（6番から8番）を打ちましたが、野手として出場する際にはクリーンアップの一角である3番や5番を務めることもありました。

1937年9月25日の大阪タイガース戦では「四番・中堅手」として先発出場し、巨人軍の歴史において五番目の四番打者となりました。また、10月20日の名古屋金鯱軍戦では「一番・中堅手」として試合開始から出場した後、救援投手としてマウンドへ上がり、5回を無失点に抑え、味方の逆転によって勝利投手となるなど、その多才ぶりを発揮しました。1936年から1938年までの3年間で、投手として通算18勝を挙げています。巨人軍の栄光の歴史を象徴する背番号「18」を、球団で初めて背負った選手でもあります。

指導者・スカウトとしての手腕

1938年、当時の藤本定義監督の去就を巡る球団内の騒動に嫌気がさし、巨人軍を退団します。その後は旧制瀧川中学校の監督に就任し、ここから指導者としての道を歩み始めました。瀧川中時代の教え子には、後にプロ野球で大活躍する青田昇や別所毅彦がいました。特に、元々は投手だった青田の打者としての非凡な才能を見抜き、外野手への転向を促したことは有名です。また、別所には投球の基礎から応用まで熱心に指導を行いました。別所は後年、「滝川中では3人の監督に指導を受けた。（中略）次が前川八郎さん、巨人軍の投手として鳴らした前川先生にはピッチング技術を教わった。ボールの握り方、腰の使い方、全体のフォームなど投球のすべてを習った」と、前川から受けた指導が自身のキャリアにどれほど重要であったかを語っています。

第二次世界大戦後の1946年には、青田と共に阪急軍で一時的にプロ球界に復帰し、3勝を挙げましたが、この年限りで再び現役を退きました。

その後も指導者として、兵庫県立兵庫工業高等学校の監督を務め、新山彰忠らをプロへと送り出しています。1959年からは社会人野球の富士鐵広畑の監督を務め、都市対抗野球大会に4度チームを導き、1961年には準優勝という輝かしい成績を残しました。1966年に監督を退任します。

1967年には、当時読売新聞社社長であった正力亨の要請を受け、巨人軍のスカウト部長に就任。1972年までその任を務め、チームの補強に尽力しました。巨人退団後も野球界との関わりは続き、堀越高等学校で教員として教鞭を執る傍ら、野球部の監督としても後進の指導にあたりました。

晩年

2009年7月7日、巨人軍創立75周年記念イベントの一環として、東京ドームで行われた巨人対横浜戦で始球式を務めました。97歳という高齢でありながら、かつてプレーした場所の近く、後楽園の地に建つドームのマウンドに69年ぶりに立ちました。巨人軍選手時代の復刻ユニホーム、もちろん背番号は「18」を着用して登場。投球は残念ながらホームベースまで届きませんでしたが、多くのファンの前で健在な姿を見せ、大きな拍手を受けました。

2010年3月16日午前5時40分、呼吸不全のため、埼玉県越谷市の病院で死去しました。享年97歳。逝去した当時は、存命中の巨人軍OBとして最高齢であり、また消息が判明している日本の元プロ野球選手の中でも最高齢でした。

投手、野手として黎明期のプロ野球で唯一無二の存在感を示し、その後は指導者、スカウトとして多くの才能を育て、日本の野球界に貢献し続けた前川八郎。その多岐にわたるキャリアは、まさに「野球人」と呼ぶにふさわしいものでした。

もう一度検索