加太こうじ

加太こうじ：紙芝居から評論家へ、庶民文化を彩った生涯

加太こうじ（1918年-1998年）は、大正・昭和期の日本を代表する庶民文化研究家であり、紙芝居作家、そして評論家でした。彼の生涯は、貧困からの出発、紙芝居の世界での成功、そして庶民の視点からの鋭い評論活動と、波乱に満ちたものでした。

東京の下町、貧しい家庭に生まれた加太は、幼少期から社会の底辺を肌で感じながら育ちました。本名は加太一松ですが、名門の家系を誇る父親に反発し、少年期から「こうじ」と名乗り始めます。経済的な困窮から、母親と別れ、伯母の元で育ちました。

高等小学校在学中、14歳で紙芝居の世界に足を踏み入れます。師範学校への進学を夢見ていましたが、給費制度の廃止によって断念せざるを得ませんでした。紙芝居の世界での経験は、後の彼の評論活動の土台を築くことになります。西洋画家を目指して太平洋美術学校に進学するなど、多様な才能を開花させていきます。

1934年から1935年にかけて発表した紙芝居『天誅蜘蛛』は大成功を収め、彼の才能を世に知らしめました。その後、大日本画劇株式会社などとの関わりを通じて、山川惣治や永松健夫といった文化人との交流も深めていきます。1940年には、大政翼賛会の文化部配下の「国民文化会議」に紙芝居代表として参加し、相馬泰三らとも接点を持つことになります。戦時中は雑文や絵物語の出版にも携わりました。

戦後、再び紙芝居の世界に身を投じた加太は、永松健夫が創作した『黄金バット』の二代目作者として、その興行にも携わり、紙芝居界の第一人者としての地位を確立しました。20万枚もの作品を手がけたとされ、神戸時代の水木しげるに紙芝居作家の道を示したのも、加太でした。

紙芝居が衰退していく中で、加太は新たな道を模索します。1959年、偶然の出会いから鶴見俊輔と親交を深め、大正・昭和期の庶民史、世相風俗、文化史といったテーマを扱った評論活動を始めることになります。落語、犯罪、ヤクザ、遊興といった、大衆文化の多様な側面に光を当てた作品を多く発表しました。

1960年に発表した自伝『街の自叙伝』はNHKラジオで連続朗読されるなど、大きな反響を呼びました。同年、柳田邦夫と出会い、「大衆芸術研究会」に参加、主宰者となります。タカクラ・テル、佐藤忠男、福田定良、森秀人、虫明亜呂無、邑井操といった、錚々たるメンバーと共に、大衆文化研究に貢献しました。

その後、『思想の科学』編集長、思想の科学研究会会長、思想の科学社社長兼編集長を歴任し、日本福祉大学教授にも就任するなど、その活動は多岐にわたります。「江戸の笑い」「紙芝居昭和史」「下町の民俗学」「小説『黄金バット』」など、数多くの著書を発表し、江戸町人文化や昭和の世相を深く掘り下げた研究成果を残しました。

1990年には東京都文化賞を受賞。晩年は、東京大空襲などの戦災資料の保存活動にも積極的に取り組みました。現在でも、神奈川県で行われている手作り紙芝居コンクールにおいて、最優秀賞は「加太こうじ賞」として彼の功績を称えています。

加太こうじは、幕末の豪商「伊勢八」の子孫という家系も持ち、ドイツ文学者山下肇との共著『ふたりの昭和史』も発表しています。彼自身の生い立ち、そして研究活動を通して、庶民文化への深い愛情と、時代を見つめる鋭い洞察力を示した、稀有な存在でした。彼の作品は、現代においても、大衆文化研究や庶民史研究に貴重な資料として、活用されています。

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