加藤曳尾庵

加藤曳尾庵：文人、医師、そして旅人

加藤曳尾庵（かとう えびあん/えいびあん、1763年-没年不詳）は、江戸時代後期に活躍した多彩な人物でした。文人としての才能、医師としての知識、そして俳諧の宗匠としての地位を確立した彼は、波乱に満ちた人生を送っています。

曳尾庵は、水戸藩士・沼田直充の三男として水戸に生まれました。幼名は平吉、名は玄亀、南竹軒という号も用いています。20歳を過ぎると、両親と共に江戸へ移り住み、水戸藩上屋敷で暮らしました。しかし、26歳にして藩を辞し、日本各地を旅する遊歴の生活に入ります。

各地を巡る旅ののち、寛政8年（1796年）に再び江戸へ戻ってきました。その後、幕府奥医師の山本永春院のもとで医術を学びます。文化2年（1805年）、下谷の医師・加藤玄悦の看板を譲り受けることで、加藤姓を名乗るようになりました。

江戸での生活では、文人たちの社交の場として知られる「雲茶会」に参加し、多くの著名な文化人たちと交流を深めました。大田南畝（蜀山人）、山東京伝、山東京山、谷文晁といったそうそうたる顔ぶれと親交を結び、曲亭馬琴、屋代弘賢、古筆了意といった人物とも交流がありました。文化12年（1815年）には、大黒屋光太夫と会って、ロシアに関する話を一日中聞いたという記録も残っています。

文化13年（1816年）には、田原藩三宅侯の抱医師となり、同藩の渡辺崋山とも親交を深めました。しかし、文政2年（1819年）に田原藩を辞職。その後は板橋宿に移り、手習いの教師として教鞭を執りながら、医業も営んでいました。

曳尾庵の著作として知られるのが、『我衣（わがころも）』です。19巻からなるこの随筆は、日記のような形式で江戸時代の世相や風俗を描写しており、貴重な歴史資料となっています。文化8年（1811年）に成立したとされています。

加藤曳尾庵は、藩士としての経歴、各地を巡る旅、医師としての活動、そして文人としての交友関係など、実に多様な側面を持つ人物でした。その生き様は、江戸時代後期の社会と文化を理解する上で重要な手がかりを与えてくれます。彼の残した『我衣』は、その時代の人々の生活や考えを知る上で、貴重な第一級資料となっています。彼の生涯は、単なる医師や文人という枠を超え、時代を生き抜いた一人の人間像として、私たちに多くの示唆を与えてくれるでしょう。

もう一度検索