北村太郎

北村太郎（1922-1992）は、昭和・平成期に活躍した日本の詩人・翻訳家です。本名は松村文雄。

東京府北豊島郡谷中村（現在の日暮里付近）にて、逓信省に勤める下級官吏の家庭に双子の兄として誕生した北村は、翌1923年の関東大震災を機に、東京府荏原郡駒沢村（現在の東京都世田谷区）に移り住み、少年時代を過ごしました。父が浅草で蕎麦屋「小松庵」を開業したことに伴い、1932年には東京市浅草区（現在の台東区西浅草）へ転居し、金竜小学校へ編入。1935年に進学した東京府立第三商業学校では、国語教諭であった児童文学者の佐藤義美から影響を受けています。

商業学校卒業後、1940年に横浜正金銀行に入行しましたが、勤務中に文芸誌を読んでいたことが上司の叱責を招き、わずか1週間で退職。その後、研数学館での浪人生活を経て、1941年に東京外国語学校仏語科に入学しました。在学中に徴兵検査を受け、海軍を志願して武山海兵団に入隊。1944年には東京外国語学校を繰り上げ卒業しています。軍務中は横須賀の通信学校で訓練を受けた後、埼玉県大和田の通信隊にて、英米の暗号通信の傍受・分析に従事しました。

終戦後、闇市での勤務を経て、専門学校出身者にも門戸が開かれた東京帝国大学に1946年に入学。1949年に東京大学文学部仏文科を卒業しました。卒業論文はパスカルについてでした。

大学卒業後は、東京日本橋の証券会社、大阪商事の調査部で企業業績に関する記事執筆を担当しました。しかし、2年後に名古屋支店への転勤を命じられたことを機に退社。1951年11月、朝日新聞社に入社し、校閲部に勤務しました。朝日新聞社には25年間勤めましたが、編集方針にはしばしば違和感を抱いたといいます。例えば、文化大革命の最盛期に「毛沢東語録」という表現を「毛主席語録」に直すよう指示された際には強い不快感を覚えたり、論説顧問に起用された人物について編集局長に問い質した際、相手の回答に呆れたりといった経験を語っています。最終的には校閲部長、調査部長を歴任し、1976年11月に退社。退社の背景には、社内の人間関係における自身の管理者能力の限界を感じたことや、詩人・田村隆一の妻との関係が妻に露見したことがあったとされています。

文学活動においては、戦前から中桐雅夫主催の詩誌『ル・バル』に参加していました。戦後間もない1947年には、田村隆一や鮎川信夫らと共に、戦後詩に大きな足跡を残す詩誌『荒地』を創刊し、その主要同人として活動を開始しました。1966年には初の詩集『北村太郎詩集』を上梓。詩人としては、詩集『眠りの祈り』で無限賞を受賞したのを皮切りに、1983年には『犬の時代』で芸術選奨文部大臣賞、1985年に『笑いの成功』で藤村記念歴程賞、1989年に『港の人』で読売文学賞を受賞するなど、その功績は高く評価されました。

詩作の傍ら、翻訳家としても精力的に活動しました。特に英米のミステリーやサスペンス、児童文学、詩など、幅広いジャンルの翻訳を手がけました。グレアム・グリーン、ヘミングウェイ、ボアロー&ナルスジャック、ルイス・キャロル、オスカー・ワイルド、ジョナサン・ケラーマンなど、多くの著名な作家の作品を日本に紹介しています。

私生活では、田村隆一の四度目の妻であった和子（彫刻家・高田博厚の娘）との関係を巡る出来事が、後にねじめ正一の長編小説『荒地の恋』の着想源となり、テレビドラマ化もされています。

北村太郎は1992年10月26日、腎不全のため虎の門病院で逝去しました。詩人として、また翻訳家として、日本の戦後文学界に多大な貢献を残した人物です。

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