北高全祝

北高全祝（ほっこう ぜんしゅく）は、永正四年（一五〇七）に生まれ、天正十四年（一五八七）一月十日（旧暦十二月二日）に八十一年の生涯を終えた日本の戦国期を代表する曹洞宗の禅僧です。法興とも称されました。

その出自は出羽国と伝えられ、父は北殿とされます。『太田山実録』や『日本洞上聯燈録』といった史料によれば、北畠顕家の末裔を称したと記されています。

永正十五年（一五一八）、全祝が十一歳の時に父を亡くしたことを機に、広碩（こうせき）という僧について仏門に入り、得度しました。その後は各地を広く遍歴し、厳しい修行を重ねたと考えられています。修行を終えた後、越後国（現在の新潟県）にある雲洞庵に入り、不点存加（ふてんぞんか）という高僧の後を継いでその住職となりました。

永禄十年（一五六七）頃、信濃国（現在の長野県）への勢力拡大を進め、南信地方を支配下に置きつつあった戦国大名武田信玄は、教団の統制力を持つ高僧を求めていました。全祝はその器量を見込まれ、信玄の招きに応じて信濃国佐久郡岩村田（現在の佐久市）にある龍雲寺の住職に就任しました。これにより、全祝の活動は武田氏の領国である甲斐・信濃を中心に展開されることになります。

武田信玄の下で、全祝は単なる一寺の住職にとどまらず、教団の運営に深く関与しました。元亀元年（一五七〇）には、武田氏の領国内における曹洞宗の僧侶や寺院を律する法規（法度）の改訂に携わりました。さらに元亀三年（一五七二）には、武田領内の曹洞宗僧侶全体を監督し、統制する重要な役職である僧録司（そうろくし）に任命され、その権威を確立しました。同年には、多数の僧侶を集めた大規模な仏事である千人法幢会（せんにんほうどうえ）を執り行い、教団内での指導力を明確に示しました。

天正六年（一五七八）には、信濃国の定津院、甲斐国の興因寺、相模国（現在の神奈川県）の最乗寺といった、当時の有力な曹洞宗寺院との間で宗教上の教義に関する論争を展開しました。これは全祝の学識の深さと、教団内での影響力の大きさを物語る出来事です。そして天正七年（一五七九）には、武田氏の領国に特化した曹洞宗の法度に追加条項を定めるなど、改めて武田領内における曹洞宗の規律と秩序を確立し、その中心的人物としての立場を不動のものとしました。天正九年（一五八一）には、かつて自身が住職を務めた越後の雲洞庵を、自身が住する龍雲寺の本寺（本山）と定める措置をとっています。

天正十年（一五八二）、武田氏が織田・徳川連合軍によって滅亡すると、全祝はそれまで武田氏の後ろ盾によって築き上げてきた発言力や、恩給として与えられていた寺領の一部を失うこととなりました。しかし、全祝の教団内における名声と実力は衰えることなく、その後は織田氏、さらに後を継いだ北条氏、そして武田氏の旧領の一部を引き継いだ真田氏といった、新たな支配者たちの庇護を受けることで、その活動と教団の維持を継続しました。

天正十三年（一五八五）には、龍雲寺の境内に関する立ち入りや行動を制限する禁止事項（禁制）を定めるなど、寺の秩序維持に尽力しました。同年中に、自身が高齢となったこともあり、長寿院に隠居し、後進に道を譲りました。隠居後もその影響力は続いたと考えられます。

天正十四年（一五八七）に世を去るまで、全祝は戦国という激動の時代にあって、曹洞宗の教団統制と維持に力を尽くし、特に武田氏の領国における曹洞宗仏教の発展に大きな足跡を残した高僧と言えるでしょう。

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