千夜一夜物語 (1969年の映画)

『千夜一夜物語』：日本アニメ史に残る異色作

1969年6月14日、日本ヘラルド映画配給により公開された『千夜一夜物語』は、虫プロダクション制作による劇場用アニメーション映画です。単なるアニメーション映画ではなく、大人をターゲットにした、大胆な性的描写を含むエンターテイメント作品として、当時大きな話題を呼びました。手塚治虫が総指揮を務め、その実験的な作風、豪華な声優陣、そして独自の映像表現から、現在でもアニメーション史における重要な作品として高く評価されています。

夢と冒険、そして破滅：破天荒な物語

物語の中心人物は、貧しい水売りのアルディン。彼はバグダッドの奴隷市場で出会った美女ミリアムに心を奪われ、竜巻を隠れ蓑に彼女を誘拐します。二人は短いながらも幸せな時間を過ごしますが、ミリアムは野心的な官吏バドリーに捕らえられ、娘ジャリスを産んだ後、命を落としてしまいます。

アルディンは拷問を受けながらも脱走、ミリアムの死を知り深い悲しみに暮れます。その後、盗賊の娘マーディアと共に辿り着いた女護ヶ島では、女性ばかりの島で不思議な体験をします。しかし、彼女たちの正体は蛇であり、アルディンは島から命からがら逃げ出します。

様々な冒険を経て、アルディンは魔法の船を手に入れ、世界中を航海し巨万の富を築きます。彼はシンドバッドと名乗り、バグダッドに戻りますが、そこには成長した娘ジャリスの姿がありました。王位を賭けた宝探しで勝利し、バグダッドの王となったシンドバッドは、贅沢な生活を送る一方、娘ジャリスをハレムに迎え入れます。

バドリーはシンドバッドを陥れようと企みますが、魔人の力によって難を逃れます。しかし、最終的に王位を追われ、斬首刑を免れるも、バベルの塔崩壊の混乱に乗じてバグダッドを脱出します。全てを失ったシンドバッドは、再びアルディンとして、新たな旅路へと出発します。

手塚治虫と虫プロの挑戦：製作秘話

『千夜一夜物語』は、単なるアニメーション映画制作を超えた、虫プロダクションと手塚治虫の挑戦の跡を色濃く残しています。当初は『ファウスト』のアニメ化も検討されたものの、同時期の映画公開により頓挫。その後、『デカメロン』なども候補にあがった末に、『千夜一夜物語』が選ばれました。

日本ヘラルドとの契約は虫プロにとって厳しいもので、多額の借金を抱えての製作となりました。しかし、手塚治虫をはじめ、スタッフ全員が情熱を注ぎ、完成まで突き進みました。脚本は手塚治虫が書き上げたものを、深沢一夫、熊井宏之らが手直し。絵コンテは手塚治虫が担当し、山本暎一監督がさらに修正を加えるなど、複雑な製作過程を経て完成しました。

作画は、外部の中小アニメ制作会社20社にも外注され、スタッフ全員の不眠不休の作業が続いたと言われています。この過酷な制作状況が、作品に独特の緊張感と躍動感を与えたと言えるかもしれません。

独自の映像表現と豪華な布陣

美術とキャラクターデザインは、やなせたかしが担当しました。やなせは各キャラクターにイメージカラーを設定するなど、独特のキャラクター造形に貢献。主人公アルディンは、ジャン=ポール・ベルモンドと青島幸男のイメージを融合させて作られたと言われています。

映像表現は多様で、マルチプレーンカメラによる色彩豊かなシーンから、漫画のような平面的な表現、鉛筆画による動画など、実験的な試みが随所にみられます。これは山本監督の実験精神と、作画担当者の個性を尊重した結果です。

声優陣も豪華で、主演の青島幸男を始め、岸田今日子、芥川比呂志、小池朝雄ら実力派俳優が多数参加。さらに、遠藤周作、吉行淳之介、北杜夫、小松左京、筒井康隆など、各界の著名人が「一言出演」として参加していることも話題となりました。

大胆な性描写と社会への影響

『千夜一夜物語』の特徴の一つとして、大胆な性描写が挙げられます。直接的な描写は少ないものの、メタモルフォーゼや抽象表現、ピンクのフィルターなど、間接的に性的な雰囲気を醸し出す演出が用いられています。この性描写が、作品への注目を集めると同時に、テレビ放送機会の減少にも繋がりました。

興行成績は2億9000万円の大ヒットとなり、1969年の興行収入ランキングで5位にランクインしました。しかし、製作費の高騰により虫プロは赤字となり、その後の「アニメラマ」シリーズの制作、そして虫プロの経営にも影響を与えました。

『千夜一夜物語』は、その大胆な表現と実験的な試み、そしてアニメーションの可能性を追求した姿勢から、今もなお語り継がれる、日本アニメ史に残る重要な作品と言えるでしょう。

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