千島艦事件

千島艦事件の概要

千島艦事件（ちしまかんじけん）は、1892年11月30日に発生した、当時の日本海軍の水雷砲艦千島がイギリスの商船と衝突し沈没した事案です。この事件は日本政府が外国の法廷に出廷した初めての経験であり、日本における領事裁判権の撤廃問題と結びつく大きな政治問題へと発展しました。

事件の経過

1892年、日本海軍はフランスに発注していた砲艦千島の建造を完了し、鏑木誠の指揮の下で日本に向けて回航されました。千島は長崎港を経由し、神戸港への航行中に愛媛県和気郡沖の瀬戸内海で、イギリスのP&O（ピーオー汽船）所有のラヴェンナ号と衝突。結果として、千島は沈没し、乗組員74名が犠牲となりました。ラヴェンナ号も被害を受けましたが、沈没には至りませんでした。

この当時、日本は安政五カ国条約により外国船に関する裁判は日本国内で外国領事が裁判を行うシステムがありました。これに基づき、発生から約半年後の1893年5月、日本政府は弁護士岡村輝彦を代理人に立て、P&Oに85万ドルの賠償を要求する訴訟を横浜英国領事裁判所に申し立てました。これに対し、P&Oも日本政府から10万ドルの賠償を求めて反訴する形となりました。

裁判の進展と議論

一審では、日本政府側の要求は認められ、P&Oによる反訴は却下され、日本の実質的勝利と見なされました。しかし、両者とも不服を抱き、上級審である上海の英国高等領事裁判所に控訴。この裁判の結果は、P&O側の全面勝訴となり、日本政府には厳しい逆風が吹いたため、帝国議会では政府追及が強化され、特に立憲改進党の鳩山和夫らが積極的に関与しました。

硬六派と呼ばれる連合は、領事裁判権の改正を求める声が高まり、政府は衆議院解散を行いつつも、イギリスの枢密院に上告することを決定しました。政府内では岡村の弁護能力が不安視され、一時は他の候補者が検討されましたが、最終的には彼に全権を託しました。

和解の成立

1895年7月3日、枢密院は上海の判決を破棄し、案件を横浜領事館に差し戻すものの、P&Oに対して日本側の訴訟費用の負担を命じました。その後、イギリス外務省の意向により領事館が和解交渉を進め、1895年9月19日に日本政府とP&Oの間で最終的な和解が成立しました。P&Oは和解金として1万ポンド支払い、また日本側の訴訟費用全額の負担を行う一方で、日本政府は全ての請求権を放棄しました。

文化的影響

同年12月に、詩人の正岡子規は、千島艦事件について「海の藻屑」と題した俳句時評を新聞で発表し、「もののふの 河豚にくはるる 悲しさよ」という表現を通じてこの衝撃的な事件の悲劇を詠みました。

1917年1月、温泉郡堀江村の浄福寺境内に千島艦遭難碑が建立され、事件の記憶は後世に伝えられています。これらの出来事を通じて、千島艦事件は日本の近代史において重要な意義を持つと同時に、外交問題や司法権の在り方に関する議論を広げる契機となりました。

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