卑弥弓呼

卑弥弓呼（ひみここ/ひみくこ）

卑弥弓呼は、3世紀の倭国（現在の日本）に存在したとされる狗奴国の男王です。『魏志倭人伝』にその名が記されており、邪馬台国の女王卑弥呼と対立関係にあったとされています。生没年は不詳です。

人物像

『魏志倭人伝』によれば、卑弥弓呼は狗奴国の王として、邪馬台国の女王卑弥呼とは不仲であり、247年（魏の暦法では正始8年）には戦争を起こしたと記録されています。この記述から、当時の倭国が複数の勢力に分かれており、互いに争っていたことが伺えます。

狗奴国と卑弥弓呼に関する諸説

卑弥弓呼や狗奴国の位置、そしてその民族的出自については、様々な説が唱えられています。

内藤湖南の説:
内藤湖南は、卑弥弓呼を「卑弥弓呼素」という名であるとし、「呼素」は「襲國の酋長」を指すという説を唱えました。この説では、狗奴国を熊襲の領域（現在の九州南部）と捉え、卑弥弓呼を熊襲の人物と見なしています。

山田孝雄の説:
山田孝雄は、狗奴国を毛野国（現在の栃木県・群馬県一帯）と比定し、卑弥弓呼を毛人、つまり蝦夷の人物であるとしました。

その他の説:
本居宣長や吉田東伍らは、狗奴国を伊予国風早郡河野郷（現在の愛媛県松山市北条）とする説を提唱しました。

読み方に関する説:
コロンビア大学日本文化研究所設立者の角田柳作は、「卑弥弓呼」を Himikuku または Pimikuku と表記しました。また、その他にも「ひみきゅうこ」「ひみくこ」といった読み方が提唱されています。また「ひこみこ（彦御子、男王）」の誤りとする説もあります。

佐藤裕一の説:
市井の研究者である佐藤裕一は、「卑弥弓呼」を「卑弓弥呼」の誤りとし、これは「彦御子」、つまり「天皇の息子」を指す一般名詞であり、「卑弥呼」も「姫御子」、つまり「天皇の娘」を指す一般名詞であると解釈しました。さらに、佐藤は「彦御子」を「男王」、「姫御子」を「女王」と解釈しました。

火照命説:
卑弥弓呼を建日別（熊襲）「隼人」の王であると考え、火照命とする説もあります。この説によれば、卑弥弓呼は「ヒミコ（卑弥呼）」のような性質を持ち、「男子」であるため「弓」が付いたとされ、「弓」が得意だったか、あるいは「弓」のように速さや急襲を得意とする王だったとされています。

* ヒミキウヲ説:
卑弥弓呼をヒミキウヲ(piĕ miĕ kiung wo)と読む説もあります。

『魏志倭人伝』における記述

卑弥弓呼に関する記述は、『魏志倭人伝』の以下の2箇所に限定されています。

1. 狗奴国の存在:
「其南有狗奴國。男子爲王、其官有狗古智卑狗。不屬女王。」（その南に狗奴国がある。男子が王となり、その官に狗古智卑狗がいる。女王に属さない。）
2. 卑弥呼との不和:
「其八年、太守王頎到官。倭女王卑彌呼與狗奴國男王卑彌弓呼素不和、遺倭載斯・烏越等詣郡、說相攻擊狀。」（その八年、太守王頎が官に到る。倭の女王卑弥呼と狗奴国の男王卑弥弓呼素が不和であり、倭の載斯・烏越らを郡に遣わし、互いに攻撃しあっている状況を述べた。）

これらの記述から、当時の倭国が統一されておらず、複数の勢力が対立していたことが窺えます。

研究の現状

卑弥弓呼に関する研究は、言語学、歴史学などの多角的なアプローチによって進められていますが、まだ不明な点が多く残されています。今後、新たな資料の発見や研究の進展によって、その実像がより明らかになることが期待されます。

卑弥弓呼は、古代日本の歴史において、未解明な部分が多い人物の一人であり、その出自や勢力範囲、そして卑弥呼との関係は、今後の研究において重要なテーマであり続けるでしょう。

もう一度検索