協奏曲「ダンバートン・オークス」

室内オーケストラのための協奏曲 変ホ長調「ダンバートン・オークス」

「ダンバートン・オークス」として知られる室内オーケストラのための協奏曲 変ホ長調は、20世紀を代表する作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキー（Igor Stravinsky）が、その新古典主義時代に手がけた重要な室内楽作品です。彼の多岐にわたる創作活動の中でも、この曲は彼がヨーロッパ時代に完成させた最後の楽曲としても位置づけられています。

成立の経緯

この協奏曲は、1937年から1938年にかけて、ストラヴィンスキーがジュネーヴ近郊のアンヌマスで作曲しました。制作のきっかけとなったのは、1937年に『カルタ遊び』の初演のためにアメリカを訪れた際に受けた特別な依頼です。ワシントンD.C.を拠点とする著名な芸術家パトロン、ロバート・ウッズ・ブリス夫妻が、彼らの結婚30周年を祝うための音楽としてストラヴィンスキーに委嘱しました。ブリス夫妻が所有し、美しい邸宅と庭園で知られるその住居「ダンバートン・オークス」の名が、作品の副題となりました。

音楽的な特徴

ストラヴィンスキーは、この作品でバロック時代の「合奏協奏曲」（コンチェルト・グロッソ）の様式に着想を得ています。特に、ヨハン・セバスチャン・バッハの《ブランデンブルク協奏曲》からの影響は顕著で、その楽器編成や対位法的な書法に色濃く反映されています。例えば、高音域を担当する弦楽器群をヴァイオリン3、ヴィオラ3という三重奏にしている点は、《ブランデンブルク協奏曲》における独奏楽器群（コンチェルティーノ）の扱いに通じるものがあります。

楽曲は3つの楽章で構成されていますが、これらは途切れることなく連続して演奏されるよう指定されています。

1. テンポ・ジュスト (Tempo giusto) - 厳格なテンポで
2. アレグレット (Allegretto) - やや速く、軽快に
3. コン・モート (Con moto) - 動きを持って

全体を通して対位法的な書法が支配的であり、特に両端楽章では、緻密な動機労作やフーガ風の技法が用いられ、重層的で複雑な響きを生み出しています。一方、中間楽章は、これらの凝った両端楽章から一息つくかのような、比較的くつろいだ性格を持っています。ここでは、はっきりとした旋律線ではなく、細かな旋律の断片がコラージュされるように組み合わされています。

編成は室内オーケストラという名の通り、比較的コンパクトです。フルート、クラリネット、ファゴット各1、ホルン2、そして少数の弦楽器（ヴァイオリン3、ヴィオラ3、チェロ2、コントラバス2）という内訳です。これらの楽器は、曲の進行によって、合奏の一員として全体の響きを支えるだけでなく、個別の独奏楽器としても扱われ、楽器間の対話が重要な要素となっています。

また、この曲は変拍子が多用されていることでも知られ、そのリズム的な複雑さから、しばしば指揮科の学生の課題として取り上げられます。アメリカの作曲家サミュエル・バーバーが後に作曲した《カプリコーン協奏曲》にも、この作品の影響が指摘されることがあります。

演奏と普及

世界初演は、作曲完成翌年の1938年5月8日、委嘱の地であるワシントンD.C.で行われました。指揮台に立ったのは、ストラヴィンスキー自身が厚く信頼を寄せていた高名な音楽教育者・指揮者のナディア・ブーランジェです。作曲者自身は当時、結核の療養中だったため、残念ながらこの歴史的な初演に立ち会うことはできませんでした。

ストラヴィンスキー本人がこの曲を指揮したのは、初演から約10年後の1947年、まさに委嘱の地であるダンバートン・オークスでの演奏会でした。

音楽作品としてだけでなく、バレエとしても上演されています。1972年6月23日には、ニューヨーク・シティ・バレエ団によってバレエ版が初演されました。

この曲の自筆譜は、ワシントンD.C.にあるダンバートン・オークス研究所附属図書館の貴重書コレクションとして大切に保管されています。

ストラヴィンスキー自身は、この作品を2台ピアノ用に編曲しています。また、デンマークの作曲家レイフ・ティボは、1952年にオルガン独奏版を編曲しています。

楽器編成

フルート 1
クラリネット 1
ファゴット 1
ホルン 2
ヴァイオリン 3
ヴィオラ 3
チェロ 2
コントラバス 2

演奏時間

約14分（各楽章 約4分、5分、5分）

まとめ

「ダンバートン・オークス」協奏曲は、新古典主義を追求したストラヴィンスキーの成熟期における、室内楽の可能性を広げた傑作であり、バッハへの敬愛と自身の革新性を融合させた、ユニークな魅力を持つ作品です。その緻密な構成とリズム的な巧みさは、現代においても多くの聴衆と演奏家を魅了し続けています。

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