即興曲 (フォーレ)

フォーレの即興曲

フランスの作曲家ガブリエル・フォーレ（Gabriel Fauré）が遺した「即興曲（Impromptu）」は、彼の主要なピアノ作品である舟歌や夜想曲などと並び称される、個性豊かな性格的小品集です。このジャンルにおいて、フォーレはピアノ独奏曲として5曲（第1番から第5番）、そして元々はハープのために書かれ、後に自身または弟子によってピアノ用に編曲された1曲（第6番）を作曲しました。これらの即興曲は、それぞれの作曲時期におけるフォーレの作曲様式の変化を映し出しています。

概要

フォーレのピアノ独奏用即興曲は、第1番から第5番までが存在します。これらのうち、第1番から第5番までの即興曲は、彼の死後となる1926年に、舟歌の第1番から第6番までと共にアメル社から改めて出版されました。フォーレの即興曲は、夜想曲と比較した場合、より形式にとらわれない自由な構成を持ち、即興的な筆致が特徴とされています。

特に、初期の作品である第1番から第3番までの即興曲は、しばしば一つのまとまりとして捉えられます。これらは、主にA-B-Aの三部形式を基盤としていますが、夜想曲において中間部で感情の高まりが見られるのとは対照的に、即興曲の中間部はより内省的な性格を帯びている点が指摘されています。

一方、ハープのために作曲された「即興曲」作品86は、アルフレッド・コルトーによるピアノ編曲版（作品86bis）が「即興曲第6番」として知られています。しかし、原曲のハープ版は1904年に書かれており、これはピアノのための即興曲第4番よりも前の作曲年となります。

フォーレの創作活動は一般的に三つの時期に分けられますが、これに沿って即興曲を見ると、第1番から第3番は第一期（1860年-1885年）、第4番から第6番（ハープ版含む）は第二期（1885年-1906年）から第三期（1906年-1924年）にかけて作曲されています。初期の第1番から第3番と、それ以降の作品群の間には、作曲時期にして20年以上の隔たりが存在しており、これは各作品の様式の違いにも影響を与えています。

各曲の特徴

第1番 変ホ長調 作品25

1881年に作曲され、同年アメル社から出版されました。楽譜出版社のデュラン社からの勧めが作曲のきっかけになったと言われています。初演は翌1882年、カミーユ・サン＝サーンスによって行われました。この初演では、舟歌第1番も同時に披露されています。作品はエマニュエル・ポトッカ夫人に献呈されました。

この作品の影響源については議論があり、ロバート・オーリッジはショパンやリストの影響を挙げていますが、フランスの研究家ネクトゥーや日本の評論家・美山良夫は、初演者でありフォーレの友人でもあったサン＝サーンスの影響を指摘しています。第1番の音楽は、波打つような旋律線、6/8拍子の揺れるリズム、繰り返される音型の上下行、そして流麗なアルペジオなど、フォーレの初期の舟歌に通じる世界観を持っています。

第2番 ヘ短調 作品31

1883年5月に作曲され、同年アメル社から出版されました。1885年にサン＝サーンスによって初演され、サッシャ・ド・レジナ夫人に献呈されています。この第2番と続く第3番は、フォーレの即興曲の中でも特に広く知られた作品です。これらは夜想曲第3番を挟んでほぼ同時期に書かれており、出版社の意向があった可能性が示唆されています。1883年はフォーレが結婚した年でもあり、初期の創作活動が円熟期を迎えていた頃にあたります。

構成はA-B-A-B'-コーダという形を取ります。冒頭のA部分は活気に満ちたタランテラのリズムを持ち、中間部のB部分はより歌謡的で詩的な雰囲気によって、鮮やかな対比を生み出しています。フランスの哲学者ウラジミール・ジャンケレヴィッチは、ヘ短調という調性やタランテラのリズムがショパンの練習曲を想起させると述べています。なお、主部と中間部を同じテンポで演奏するという指示は、フォーレ自身から直接伝えられたものだと言われています。

第3番 変イ長調 作品34

第2番と同じ1883年に作曲され、アメル社より出版されました。初演も第2番と同時にサン＝サーンスが行い、ウジェーヌ・ブラン夫人に献呈されています。即興曲第3番は、A-B-A-コーダという比較的シンプルな構成でありながら、優美な旋律、洗練された和声、そして豊かな変化を内包しつつ全体が統一された見事な完成度を誇ります。このため、夜想曲第6番や第7番などと共に、フォーレの最も優れたピアノ作品の一つに挙げられています。

音楽評論家ロナルド・クライトンはこの曲を「微笑みを湛え、幸福そのもの」と評し、ジャンケレヴィッチも「この世のものとは思われぬ雰囲気」や「ある種の霊感、または詩的な陶酔」といった言葉でその特異性を讃え、「このような曲はどんな作曲家でも生涯にたった一度しか書かないものなのだ」とまで述べています。

第4番 変ニ長調 作品91

1905年8月に作曲され、翌1906年にウージェル社から出版されました。第3番から20年以上という長い年月を経て書かれたこの作品は、5曲の即興曲の中で最も規模が大きく、構成も複雑です。初演は1907年、エドゥアール・リスレによって行われ、作品はマルグリット・ロン（ド・マリアーヴ夫人）に献呈されました。

この曲は三つの異なる主題（リズムが錯綜する第1、叙情的な第2、ゆったりとした第3）が巧妙に組み合わされています。ネクトゥーは、その技巧的な複雑さゆえに楽譜が難解であることを指摘する一方、ジャンケレヴィッチは同じ変ニ長調で書かれた舟歌第8番との共通点を見出し、最も純粋なフォーレらしさを持つ作品としています。初演者であるリスレはベートーヴェンやリストを得意としたピアニストで、献呈を受けたロンもフォーレ作品を多く演奏しましたが、彼女がこの曲を初演したのは作曲から約3年後であり、ネクトゥーはロンがこの作品をそれほど高く評価していなかった可能性を示唆しています。

第5番 嬰ヘ短調 作品102

1909年に作曲され、同年ウージェル社から出版されました。初演はマルグリット・ロンによって行われ、チェラ・デラヴランチェア嬢に献呈されています。初演者のロンによれば、フローラン・シュミットの全音音階を用いた作品を聴いたフォーレが触発されて作曲したと言われています。事実上、ピアノのための最後の即興曲です。

この作品は、全音音階の多用、リストの影響も感じられる増5度音程を含む和声、短い旋律要素の執拗な反復など、当時のフォーレ作品においても特異な要素が見られます。急速に動き続ける16分音符のパッセージから「無窮動」や「蜜蜂の飛行」といった通称で呼ばれることもあり、全音音階による色彩の変化はドビュッシーや「印象派」的な響きとも関連付けられます。アルフレッド・コルトーは、この曲を「しつこく強靱な構図によるひとつの狂詩曲」と評しています。

ハープのための即興曲 変ニ長調 作品86（即興曲第6番 作品86bis）

この作品は、元々ハープのために1904年に作曲されました（作品86）。パリ音楽院のハープ科教授であったアルフォンス・アッセルマンのクラスの試験課題曲として書かれ、アッセルマン自身に献呈されています。現存する手稿譜の痕跡から、技巧的なパッセージに関してはアッセルマンの助言があった可能性が考えられています。初演は同年7月、アッセルマンの生徒シャルロット・ランドランによって行われました。

このハープ版は、アレグロ・モデラート・モルトの変ニ長調の主題と、それに対比する変ロ短調の二つ目の主題が交互に展開されます。華やかな技巧と豊かなハーモニックスの効果は、世界のハープ奏者にとって重要なレパートリーとなっています。一般公開での初演は1905年、ミシュリーヌ・カーンというアッセルマンの優秀な弟子によって行われました。後にフォーレはカーンにハープのための詩的な作品『塔の奥方』を献呈しており、課題曲としての即興曲とは対照的な作風を見せています。

アルフレッド・コルトーがこのハープ版をピアノ用に編曲したのが作品86bisで、これが「即興曲第6番」として知られるようになりました。ピアノ版の発表は1913年と、ピアノのための即興曲第5番よりも後だったため、この番号が付けられています。ハープ原曲版とピアノ編曲版は、いずれもデュラン社から出版されました。

これらの即興曲を通して、フォーレの作曲家としての成長と様式の変遷を辿ることができます。特に、初期の親しみやすい叙情性から、円熟期の複雑で探求的な響きへと至る道のりは、彼のピアノ作品全体の重要な側面を物語っています。

もう一度検索