叙情悲劇

叙情悲劇（Tragédie lyrique）

叙情悲劇は、17世紀後半にジャン＝バティスト・リュリが創始し、18世紀後半までフランスで隆盛したオペラのジャンルです。フランス語では「tragédie lyrique（トラジェディ・リリック）」または「tragédie en musique（トラジェディ・アン・ミュジーク）」と呼ばれます。

概要

このジャンルのオペラは、古代ギリシャ・ローマ神話や、トルクァート・タッソ、ルドヴィーコ・アリオストといったイタリアの詩人の叙事詩を題材とすることが多く見られました。物語の結末は必ずしも悲劇的ではありませんでしたが、作品全体を通して高貴で格調高い雰囲気が重視されました。

典型的な叙情悲劇は5幕構成で、各幕は以下のようなパターンで展開されます。

1. 主要登場人物が感情を表現するアリアで幕開け
2. 短いアリアを挟んだレチタティーヴォの対話で物語が進行
3. 各幕の終わりに、合唱やバレエによるディヴェルティスマン（見せ場）で締めくくり

初期の叙情悲劇では、寓意的なプロローグが設けられ、ルイ14世の治世下では、王の威光や戦での勇猛さを称える内容が一般的でした。作曲家は、劇の展開に合わせて幕中の見せ場の順番を調整することもありました。

リュリ以外にも、ジャン＝フィリップ・ラモーがこのジャンルの重要な作曲家として知られています。彼の作品は叙情悲劇の最高傑作と見なされています。マルカントワーヌ・シャルパンティエの『メデア』は「17世紀の最も優れたフランス・オペラ」と評価され、ジャン＝マリー・ルクレールの『シラとグロキュス』も同様に賞賛されています。その他、アンドレ・カンプラ、マラン・マレー、ミシェル・ピニョレ・ド・モンテクレールなども、このジャンルの重要な作曲家として挙げられます。

叙情悲劇の作曲家と作品

以下は、叙情悲劇の代表的な作曲家とその作品の一部です。

ジャン＝バティスト・リュリ
『カドミュスとエルミオーヌ』（1673年）
『アルセスト』（1674年）
『テセウス』（1675年）
『アティス』（1676年）
『イシス』（1677年）
『プシシェ』（1678年）
『ベレロフォン』（1679年）
『プロセルピーヌ』（1680年）
『ペルセウス』（1682年）
『ファエトン』（1683年）
『アマディス』（1684年）
『ロラン』（1685年）
『アルミード』（1686年）
『アシールとポリュクセーヌ』（1687年）

リュリの息子たち
『Orontée』（1688年。ジャン＝ルイ・リュリ&パオロ・フランチェスコ・ロレンツァーニ）
『Orphée』（1690年。ルイ・リュリ&ジャン＝バティスト・リュリ（子））
『アルシード』（ルイ・リュリ&マラン・マレー）

パスカル・コラス
『テティスとペレ』（1689年）
『エネとラヴィニア』（1691年）
『イアソン、または金羊毛』（1696年）
『カネンテ』（1700年）
『ポリュクセネとピュロス』（1706年）

マルカントワーヌ・シャルパンティエ
『ダビデとヨナタン』（1688年）
『メデア』（1693年）

アンリ・デマレ
『ディドン』（1693年）
『シルセ』（1694年）
『テアジェンとカリクレア』（1695年）
『ウェヌスとアドニス』（1697年）
『タウリスのイフィジェニー』（1704年）
『ルノー、またはアルミードの続編』（1722年）

マラン・マレー
『アルシード』（1693年、ルイ・リュリと共作）
『アリアーヌとバッカス』（1696年）
『アルシオーヌ』（1706年）
『セメレ』（1709年）

エリザベト・ジャケ＝ド＝ラ＝ゲール
『セファールとプロクリ』（1694年）

シャルル＝ユベール・ジェルヴェ
『メドゥーサ』（1697年）
『ヒュペルムネストラ』（1716年）

アンドレ・カルディナル・デトゥーシュ
『ギリシャのアマディス』（1699年）
『オンファール』（1701年）
『カリロエ』（1712年）

アンドレ・カンプラ
『エジオーヌ』（1700年）
『タンクレディ』（1702年）
『アルシーヌ』（1705年）
『ヒッポダメイア』（1708年）
『イドメネオ』（1712年）
『テレフ』（1713年）
『カミーユ、ヴォルスキ族の女王』（1717年）

ジャン＝フェリ・ルベル
『ユリシーズ』（1702年）

フランソワ・ブヴァール
『メディア王メドゥス』（1702年）

ルイ・ド・ラ・コスト
『ピロメーラ』（1705年）
『ブラダマンテ』（1707年）
『クレウス・ラテニエンヌ』（1712年）
『テレゴン』（1725年）
『オリオン』（1728年）
『ビュブリス』（1732年）

トゥーサン・ベルタン・ド・ラ・ドゥエ
『カサンドラ』（1706年、フランソワ・ブヴァールと共作）
『ディオメデス』（1710年）
『アイアス』（1712年）

ジョセフ・フランソワ・サロモン
『メデアとイアソン』（1713年）
『テオノエ』（1715年）

ジャン＝バティスト・マト
『アリオーン』（1714年）

ジャン＝ジョゼフ・ムーレ
『アリアーヌ』（1717年）
『ピリトウス』（1723年）

フランソワ・フランクール&フランソワ・ルベル
『ピュラモスとティスベ』（1726年）
『タルシスとゼリー』（1728年）
『スカンデルベルク』（1735年）

ジョゼフ＝ニコラ＝パンクラス・ロワイエ
『ピュロス』（1730年）

ミシェル・ピニョレ・ド・モンテクレール
『イェフテ』（1732年）

ジャン＝フィリップ・ラモー
『イポリートとアリシー』（1733年）
『カストールとポリュックス』（1737年）
『ダルダニュス』（1739年）
『ゾロアストル』（1749年、改訂1756年）
『レ・ボレアード』（1763年）

シャルル＝ルイ・ミオン
『ニテティス』（1741年）

フランソワ・コリン・ド・ブラモン
『ティタンを征服したユピテル』（1745年、ベルナール・ド・ビュリと共作）

ジャン＝マリー・ルクレール
『シラとグロキュス』（1746年）

マルキ・ド・ブラサック
『レアンドルとエロ』（1750年）

アントワーヌ・ドーヴェルニュ
『死に行くヘルクレス』（1761年）
『ポリュクセネ』（1763年）

ジャン＝ジョゼフ・ド・モンドンヴィル
* 『テセウス』（1765年）


叙情悲劇は、フランス・オペラの歴史において重要な位置を占めるジャンルであり、その後のオペラの発展に大きな影響を与えました。

もう一度検索