古代オリエントの編年

本記事では、古代オリエント（中近東）の歴史における様々な出来事、君主、王朝の年代を決定するための枠組み、すなわち編年について解説します。ここでいう古代オリエントには、エジプトは含まれません。

古代オリエントの紀年法

古代オリエント世界では、各都市国家や王朝が独自の紀年法を持っていました。例えば、シュメールの都市国家やバビロニアでは、各年に固有の年名を割り当てる方式が用いられました。また、君主の即位を起点として「Y王の統治X年目」という形式で記録する方法も普及しました。一方、アッシリアでは、リンムと呼ばれる一年交代の役人の名前を年名として使用していました。

これらの古代の年名記録だけでは、現代の暦との接続は困難です。そのため、年名表やその他の記録を基に、出来事や人物の相対年代を割り出す必要があります。相対年代とは、出来事Aと出来事Bの間の期間、C王の即位がD王の即位の何年前または後であるか、といった情報のことです。この相対年代を基に、天文学的な情報や年輪年代学、放射性炭素年代測定、隣接地域（エジプトなど）の編年との同期などを利用して、現代の暦と連続した絶対年代を割り出す試みが古くから行われています。

編年の確立状況

古代オリエント地域の編年の確立状況は、時代によって異なります。

紀元前3千年紀前半

アッカド帝国成立（紀元前24世紀頃）以前のシュメール初期王朝時代については、主に『シュメール王朝表』に基づいて推定が行われています。ただし、『シュメール王朝表』は神話的な要素を含み、同時代に存在した王朝を縦列に繋いでいるため、正確な年代を割り出すことは困難です。この時代については、1世紀単位を超えた分解能で絶対年代を割り当てることは不可能です。

紀元前3千年紀後半から紀元前2千年紀前半

紀元前2300年頃のアッカド帝国の始まりと共に、年代学的な記録は一貫性を持つようになります。この時代は、年名や王碑文が多数残されており、王位継承関係を把握することができます。編年の鍵となるのは、アンミ・サドゥカ王の金星粘土板です。この粘土板には、21年間にわたる金星の天文観測記録が記されており、絶対年代を同定するための重要なポイントを提供しています。ただし、金星の軌道は周期的に一致するため、同定可能なポイントは複数存在します。これらのうち、他の地域の編年と矛盾しないポイントは3箇所あり、それぞれ高年代説、中年代説、低年代説として知られています。

紀元前2千年紀後半

メソポタミアでは、バビロン第3王朝（カッシート王朝）の成立頃（紀元前16世紀頃）、東地中海では海の民の登場とそれに続くヒッタイト王国の崩壊の頃（紀元前1200年のカタストロフ）に、編年上の情報が不足します。この時代の編年情報の空白のために、紀元前2千年紀の絶対年代を確実に同定することが難しくなっています。ただし、エジプトで発見された外交文書などを通じて、メソポタミアとレヴァントの編年と、より強固な古代エジプトの編年との間で同期を取ることができます。

アッシリア帝国以降

紀元前900年頃、記録史料はアッシリア帝国の台頭と共に再び増加し、記録史料が豊富な時代に入ります。アッシリアは長期間にわたる連続した年名の記録（リンム表）を残しており、アッシュル・ダン3世の統治第10年の日食の記録が残されています。この日食は、天文学的な計算によって紀元前763年6月15日に発生したことが特定されており、現代の暦と接続された信頼できる絶対年代が確立されています。また、プトレマイオスの王名表やベロッソスの記録、旧約聖書などの古典の記録は、年代学的な同期の確立を補助する史料となります。

編年情報の出典と問題点

古代オリエントの編年を研究するための史料は多岐にわたりますが、それぞれに問題点も存在します。

発掘史料: 楔形文字粘土板や碑文は重要な情報源ですが、破損、略奪、複数のバージョン、翻訳の困難さ、偏りなどの問題があります。
王名表: シュメール王朝表、バビロニア王名表、アッシリア王名表などは、王のリストや統治期間を提供しますが、神話的な要素や記録の偏り、史料の矛盾などが存在します。
年代誌: アッシリア・バビロニア関係史やバビロニア年代記などは、出来事を年代順に記述していますが、断片的であったり、特定の視点からの偏りがあったりします。
年名表、リンム表: バビロニアの年名表やアッシリアのリンム表は、年代を特定する上で役立ちますが、細部が不明確であったり、異なるバージョンが存在したりする場合があります。
貿易、外交、支払い記録: アマルナ文書などの記録は、国家間の関係や年代の同期を可能にしますが、解釈には注意が必要です。
古典古代の著作: ベロッソスの記録やプトレマイオスの王名表、旧約聖書などは、編年を補完する情報を提供しますが、信頼性には限界があります。
天文学: アンミ・サドゥカ王の金星粘土板や日食の記録は、絶対年代を特定するための重要な手がかりとなりますが、記録の信頼性や解釈には議論の余地があります。
年輪年代学、放射性炭素年代測定: これらの科学的な手法は、編年の精度を高める可能性を秘めていますが、現状では連続的な編年が存在しない、測定結果のずれがあるなどの課題があります。
* 他地域との編年との同期: エジプトやインダス川流域、サントリーニ島など、他の地域との編年との同期は、相互の年代を検証する上で重要ですが、課題も多く残されています。

まとめ

古代オリエントの編年は、様々な史料と学術的な研究に基づいて構築されていますが、未だに多くの不確定要素が残されています。今後の考古学的発見や科学的な分析、他地域との編年との比較などを通じて、より正確な編年が確立されることが期待されます。

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