吉四六

吉四六（きっちょむ）

吉四六は、大分県中南部で語り継がれる民話の主人公であり、知恵とユーモアあふれる頓智話で有名です。そのモデルとされるのは、江戸時代初期に豊後国野津院（現在の大分県臼杵市野津地区）の庄屋を務めた初代廣田吉右衛門（ひろた きちえもん）です。

概要

廣田吉右衛門は、名字帯刀を許された地方の庄屋でした。しかし、吉四六と吉右衛門を結びつける直接的な史料は見つかっていません。廣田吉右衛門の名は代々受け継がれており、どの代の吉右衛門がモデルなのかは特定されていません。ですが、吉四六の物語や初代吉右衛門の墓の調査から、初代廣田吉右衛門（1628年 - 1716年）がモデルであるという見方が一般的です。

「きっちょむ」という名前は、「きちえもん」が豊後弁で訛ったものとされています。また、大分県北部の中津市などでは、吉五（または吉吾）という頓智者の話が伝わっていますが、この吉五も吉四六と同一人物、あるいは同系統の人物だと考えられています。

吉四六は、一休宗純、彦一と並ぶ有名なとんち者であり、児童文学や国語の教科書にも取り上げられるなど、その知名度は非常に高いです。地元の大分県では、焼酎の銘柄や吉四六漬けなど、その名前を冠した商品が数多く販売されています。また、かつてはJR九州大分支社に「吉四六」という名前のジョイフルトレインも存在しました。

吉四六話

吉四六にまつわる頓智話は「吉四六話」と呼ばれています。これらは一種の民話であり、廣田吉右衛門の伝記とは異なるものです。吉四六話は、明治時代以降に大分県中南部の伝承を集めて編纂されたもので、その数は200以上にも及びますが、編纂の過程で脚色や創作が加えられています。例えば、吉四六の妻とされる「オヘマ」は、宮本清による創作です。また、落語の演目や他地域の伝承が、そのまま郷土の伝承に置き換えられたものも少なくありません。

吉四六話が初めて活字化されたのは、明治30年代に新聞に連載された『吉右衛門譚』でした。その後、1925年（大正14年）から宮本清によって大分県の地方紙「大分民友新聞」で連載され、1927年（昭和2年）に『豊後の奇人 吉四六百話』として単行本化されたことで、大分県内で広く知られるようになりました。この単行本には100話が収録されていましたが、その後、『豊後の奇人 吉四六さん物語』や『吉四六ばなし』として、収録話数は230話にまで増えています。2006年（平成18年）には、収録話を108話に厳選した改訂版も刊行されました。

大分県外では、1926年（大正15年）に柳田國男が中心となり、東京で「きっちょむ研究会」が発足しました。また、1977年度（昭和52年度）からは光村図書版の国語教科書にも採用されています。

主な説話

吉四六の説話は200を超えますが、その中でも代表的なものをいくつか紹介します。これらの説話は、他の地域のとんち話と内容が重複するものも多いです。子供には不適切な内容や、失敗談、怪奇談など、様々なバリエーションがありますが、児童文学に取り上げられることは少ないです。

柿の見張り番

吉四六が子供の頃、家の柿が実りました。親は吉四六に柿の木を見張るように言いつけますが、吉四六は友達と一緒に柿を全部食べてしまいます。親が帰ってきて叱ると、吉四六は「柿の実は友達がもいでいったが、柿の木はずっと見ていた」と言い訳しました。

カラス売り

吉四六は、罠で捕獲したカラスを売ろうとします。籠にカラスを詰め、その上にキジを乗せて町へ行きました。人々はキジをカラスと間違えて買おうとしますが、吉四六はカラスを売りつけました。人々が文句を言うと、吉四六は「カラスをくれと言われたからカラスを売っただけ」と平然と言い放ちました。

天昇り

吉四六は田の代掻きを楽にするため、田んぼの真ん中に高い梯子を立て、「天に昇る」と触れ回ります。当日、人々が心配して田んぼの中で右往左往している間に、田は代掻きされた状態になりました。

悲しい木

正月に使う薪を拾いに行った吉四六は、他の村人が椎の木を拾ってきたのを見て、「椎の木は悲しい木だから縁起が悪い」と言い、村人に捨てさせます。その後、吉四六は「椎の木は嬉しい木だ」と言って、村人が捨てた薪を拾って持ち帰ります。

川の渡し

吉四六が渡し船の船頭をしていた時の話。ある武士が渡し賃を値切ろうとしたため、吉四六は川の途中で船を止め、「六文ではここまでしか行けない」と言い、値切ろうとした武士から十二文を受け取りました。

甕の値段

吉四六が家から頼まれ甕を買いに行く話。小さい甕を買って帰ると小さすぎると言われ、大きい甕を持って行こうとしますが、店主に金を払っていないと言われます。吉四六は「三十文払って三十文の甕を買った。その三十文の甕を返したのを合わせて六十文だから金を払う必要はない」と言いそのまま帰ってしまいます。

首のおかわり

吉四六の近所に、人の話にいちいち文句を言う男がいました。吉四六は男と「まさかそんなことあるはずがない」と言ったら米一俵を渡す約束をします。吉四六が殿様の首に鳶の糞が落ちて家来が首のお代わりを要求し、殿様が首を付け替えたという荒唐無稽な話をすると、男はつい「まさかそんなことあるはずがない」と言ってしまい、米一俵を吉四六に渡すことになってしまいます。

川の鰻

吉四六が川で鰻を釣っていると、武士がやってきて「勝手に鰻を釣るな」と怒鳴ります。吉四六は「自分の村の川から鰻が逃げてきたので釣っている」と言い訳し、大きな鰻だけを自分の魚籠に入れ、小さな鰻は逃がします。

どじょう鍋

男たちがどじょう鍋を作っているところに吉四六がやってきて、豆腐を温めてほしいと頼みます。程よく煮えたところで、吉四六は豆腐だけを持って帰ります。男たちが鍋を見ると、どじょうが豆腐の中に入り込んでいて鍋が空になっていました。

小便酒

吉四六が酒を持って関所を通ろうとしたところ、役人に酒を飲まれてしまいます。そこで吉四六は徳利に小便を入れ、関所を通ろうとします。役人は「これは小便だ」という吉四六の言葉を信用せず飲んでしまいます。その後「…この正直者め！」と言い放ちました。

鴨撃ち

庄屋の家で鴨汁をご馳走になった吉四六ですが、自分の椀には大根ばかりが入れられていました。腹を立てた吉四六は、庄屋を鴨撃ちに誘い、大根畑に連れて行き、大根を「青首（の鴨）だ」とからかい、弁当を食べて帰りました。

ねずみの名作

庄屋に鼠の彫り物を自慢された吉四六は、もっと凄い彫り物があると豪語します。吉四六は鰹節で鼠の彫り物を作り、猫にどちらが本物か判断させます。猫が鰹節の鼠に飛びついたため、吉四六は庄屋から鼠の彫り物を奪い取りました。

宙ぶらりん

寺で鐘が「ぶらっと下がっている」か「下がってぶらっとしている」かで言い争う男二人に対し、吉四六は「宙ぶらりんだ」と答え、賭け金をちゃっかり懐に入れて帰りました。

牛の鼻ぐり

吉四六は町で「牛の鼻ぐり」がないか聞いて回ります。後日、吉四六は鼻ぐりを山ほど作り、町で売りに出し、大儲けしました。

タケノコのお礼

吉四六は近所の人から物をもらうことが多く、お礼をするように言われます。吉四六は筍を掘り、近所の人に渡そうとしますが、「便所のそばで育った筍」と言って渡すので、誰も受け取りませんでした。

銭の糞を出す馬

吉四六は痩せ馬を高く売るために、「銭の糞を出す」と嘘をつき、馬を売りました。後日、馬方が文句を言いに来ると、吉四六は「馬に銭を食べさせていないからだ」と言い返しました。

サザエ買い

吉四六が魚屋でサザエを買い、中身をほじくって殻だけ持ち帰ります。何度か同じことを繰り返した後、魚屋は樽いっぱいのサザエを用意しますが、吉四六は樽ごとサザエを馬に乗せて持ち帰りました。

米の飯

吉四六は米の飯を食べるために、雨が降りそうな時に「橋を架ける」と言って弁当をこしらえさせ、雨が降ると「橋架けはやめだ」と言って米の飯を食べました。

嘘の種本/米一俵

殿様に嘘をついて騙すように言われた吉四六は「嘘をつくには種本が必要だ」と言い、家来に種本を取りに行かせます。種本がないと知ると、「殿様を騙したから褒美をくれ」と言い、米一俵を受け取ります。その後、わざと馬を転倒させて、もう一俵の米を貰いました。

薪買い

吉四六は薪売りから薪を買う際に、根元から入れるように注文を付け、薪をバラバラにしてしまいます。その後、安い値段で買おうとしましたが薪売りが断ったため、薪の根の部分だけを拾って帰りました。

尾張と陸奥

吉四六は「日本で一番遠い国はどこか」と聞かれた際に、尾張だと答えます。別の町人が陸奥が遠いと言い争いになりお金を賭けます。吉四六はお遍路さんにお布施を渡し、お遍路さんが「ありがとうございます」と言ったため、「それ見ろ、尾張が遠ございます」と言って賭けに勝ちました。

吉四六と庄屋/火事の知らせ

火事を見つけた吉四六は、庄屋の家にゆっくりと向かい、「火事です」と小声で告げます。庄屋は火事の知らせが遅れたことでお叱りを受けます。後日、吉四六は大声で火事を知らせるように言われたため、丸太で庄屋の家を壊しながら「火事だ！」と叫び、庄屋を困らせました。

オペラ化

1973年（昭和48年）には、大分県民オペラによって「吉四六昇天」としてオペラ化され、大分県内だけでなく全国各地で上演されました。また、テレビで全国放送もされました。このオペラの上演活動により、大分県民オペラ協会は1979年（昭和54年）にサントリー地域文化賞を受賞しています。

脚注

注釈

出典

参考文献

武田明 編『日本笑話集』社会思想社〈現代教養文庫〉、1970年。NCID BN02493924。
寺村輝夫『吉四六さん』あかね書房〈寺村輝夫のとんち話〉、1976年。ISBN 4251060024。
宮本清『吉四六ばなし』大分合同新聞社、1974年。

関連項目

普現寺 - 吉四六の墓がある。
* 桃太郎伝説 - キャラクターの一人として登場。桃太郎に「灼熱の弓矢」を渡す。

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