吉川本源氏物語

岩国吉川家本源氏物語：貴重な二つの写本

山口県岩国市には、岩国藩主吉川家に伝来した源氏物語の写本、「岩国吉川家本源氏物語」が、吉川史料館と岩国徴古館にそれぞれ所蔵されています。この写本は、河内本系統と青表紙本系統の写本、計2点から成り立っており、いずれも源氏物語研究において重要な資料となっています。

吉川史料館蔵本（河内本系統）

吉川史料館に所蔵される写本は、54帖揃いの河内本系統の写本です。室町時代以前の成立と推定されており、一部には室町時代の補写と見られる巻も含まれています。

この写本の歴史は古く、元は毛利家に伝わっていたと考えられています。元和2年（1616年）、吉川広家の息子吉川広正と毛利輝元の娘との婚姻を機に、毛利家から吉川家に贈られたと伝えられています。

本文は河内本系統に属しますが、尾州家本や鳳来寺本とは異なる点も多く、御物本に近い部分や耕雲本と一致する部分も見られます。さらに、平瀬本に近い部分や、青表紙本を底本としたと思われる箇所も見られるなど、写本の成立過程の複雑さがうかがえます。

特筆すべきは、巻末に記された奥書と目録、勘物、系図の存在です。

奥書: 河内本系統の写本に見られる「源親行による奥書」が記されています。御物本や鳳来寺本と共通する部分もある一方、本写本独自の記述もあり、特に「素寂が写本を奪取した」という異様な記述は、河内本系統における写本伝来の謎を解き明かす上で重要な手がかりとなるでしょう。

目録: 各巻巻頭に漢文目録と仮名目録が記され、巻の内容が項目としてまとめられています。巻頭目録を持つ源氏物語の写本は非常に稀少であり、本写本の特異性を示すものです。

勘物: 各巻巻末には勘物が記されており、藤原伊行の源氏釈と高い一致率を示すことから、貴重な源氏釈の伝本の一つとして扱われています。

系図: 夢浮橋巻末には系図が記されています。九条家本系統の古系図の中でも特に古い時期のものであり、源氏物語の系譜研究に貢献する資料となっています。

岩国徴古館蔵本（青表紙本系統）

岩国徴古館に所蔵される写本は、54帖揃いの青表紙本系統の写本です。「源氏外題」という書写目録も付属しています。本文は三条西家本系統に属し、永正13年から14年（1516年から1517年）頃成立と推定されています。三条西家本系統の写本としては、書陵部蔵本と日大蔵本の中間に位置づけられます。

この写本は、寄合書き本であるとされており、複数の筆者が携わって作成されたと考えられます。本文は河内本からの影響も受けていることが指摘されており、書陵部蔵本→吉川本→日大蔵本の流れで影響が及んでいる可能性が示唆されています。

校本への採用状況と研究

吉川史料館蔵本は、『河内本源氏物語校異集成』に採用されていますが、『校異源氏物語』や『源氏物語大成校異編』といった主要な校本には採用されていません。どちらの写本も単独での影印本や翻刻本は存在しません。しかし、巻頭目録、巻末の勘物、奥書、系図などはそれぞれ翻刻されています。

岩国吉川家本源氏物語は、その歴史的価値や本文の特異性から、今後も源氏物語研究において重要な役割を果たしていくでしょう。特に、奥書や系図といった付加情報は、写本の成立過程や伝来の歴史、そして源氏物語の解釈を考える上で貴重な手がかりを提供してくれるものと期待されています。

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