吉沢商店

吉澤商店：日本映画の黎明期を拓いた先駆者

吉澤商店は、設立年こそ不明ながら、大正元年（1912年）に合併するまで、東京を拠点に活動した貿易会社であり、同時に日本映画の草創期を支えた重要な映画会社でした。美術品貿易商から身を起こし、幻燈機の製造販売を経て、活動写真の世界へと足を踏み入れた吉澤商店は、「日本初の映画専門館」や「日本初の撮影所」を開設するなど、数々の革新的な試みを行い、日本の映画史に大きな足跡を残しました。

美術品貿易商から映画の世界へ

吉澤商店の前身である吉澤商舗は、美術品貿易商として神田に拠点を構え、その後、京橋区南金六町（現在の銀座8丁目）へと移転しました。同社の経営は、社主・吉沢氏の縁者である河浦謙一に引き継がれます。河浦は慶應義塾で学んだ後、吉澤商舗に入社し、錦絵や郵便切手などの輸出を手がけ、事業を拡大していきました。

明治29年（1896年）10月以降に「吉澤商店」と社名を変更した頃から、幻燈機の製造販売という新たな事業分野に進出。そして、1897年（明治30年）には、イタリア人技師ブランチャリーニが持ち込んだシネマトグラフを、横浜の「港座」で関東初公開し、活動写真の世界へと本格的に参入します。

活動写真制作と全国巡業

吉澤商店は、「活動巡業隊」を結成し、全国各地で巡回興行を開始しました。3分程度の短いフィルムを10～15種類持ち歩き、幻燈機同様に安価な国産映写機の製造販売も手がけました。北清事変（義和団の乱）に際しては、撮影技師を派遣し、記録映画を制作・公開するなど、その活動は多岐にわたりました。

1903年（明治36年）には、浅草公園六区の「電気館」を改装し、「日本初の活動写真常設上映館」としてオープン。さらに、朝鮮半島での巡回興行も行い、同地の映画導入に貢献しました。日露戦争においても撮影隊を派遣し、ドキュメンタリーフィルムを制作・公開するなど、その積極的な姿勢は目を見張るものがありました。

日本初の映画撮影所とルナパーク

1908年（明治41年）には、目黒行人坂に「日本初の映画撮影所」を建設。ガラス張りのスタジオは、天然光線を利用したもので、当時の撮影環境としては画期的なものでした。また、寄席の人気者であった豊竹呂昇の語りをレコード盤に吹き込み、活動写真と合わせて興行するなど、新たな試みも積極的に行いました。

1910年（明治43年）には、浅草公園に娯楽施設「ルナパーク」を開設。ニューヨークのコニーアイランドを模した遊園地は、多くの人々で賑わい、吉澤商店の事業をさらに拡大させました。

日活への統合とその後

1912年（明治45年）、吉澤商店は、福宝堂、横田商会、M・パテー商会との合併により、「日本活動写真株式会社」（日活）を設立。河浦謙一は日活の取締役として経営に参画しましたが、1914年（大正3年）に取締役を辞任し、映画界を去りました。その後は、個人経営の「吉沢商店」を再興し、浮世絵コレクターとしての活動や、大野貯蔵銀行取締役、ルナパーク取締役社長などを務めました。

現在、東京国立近代美術館フィルムセンターには、吉澤商店が製作した『紅葉狩』と『小林富次郎葬儀』の2作品が現存しており、いずれも国の重要文化財に指定されています。これらの作品は、日本の映画史における貴重な資料として、大切に保存・公開されています。

吉澤商店は、その短い活動期間の中で、日本の映画史に多大な貢献をしました。その革新的な精神と、映画に対する情熱は、今日の日本映画の発展に繋がっています。

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