吉田邦彦

吉田 邦彦

1958年7月25日生まれ。日本の法学者であり、民法を専門分野としています。東京大学にて法学博士の学位を取得。北海道大学で長年にわたり教鞭を執った後、現在は中国の広東外語外貿大学法学院にて雲山特別教授（雲山資深教授）を務めるほか、南京師範大学の兼職（客座）教授、青島市の国際仲裁委員としても活動しています。

人物と学問的背景

吉田氏は、著名な民法学者である星野英一氏の門下生であり、その利益考量論から大きな影響を受けました。同時に、平井宜雄氏とも強い学術的な繋がりを持っています。当初は債権総論や不法行為法を中心に研究を進めていましたが、次第に法理論研究全体へと関心を広げ、特に日米の法制度を比較分析することで、批判法学の視点から民法全般の様々な領域を深く探求しています。

主要な研究テーマと貢献

氏の研究は多岐にわたりますが、その根幹には常に社会的な課題への深い洞察が見られます。

債権侵害・取引的不法行為: 研究キャリアの初期には、特に第三者による債権侵害に焦点を当て、従来欠けていた《契約の対第三者保護》という視点を初めて提唱しました。これは、二重譲渡や引き抜き、不正競争といった具体的な問題類型に関するその後の研究の基礎を築き、取引的不法行為という分野におけるパイオニア的研究として高く評価されています。また、債務不履行における帰責事由に関する比較法研究も行い、ヨーロッパの契約責任に関する近年の動向にも通じる先駆的な成果を上げています。

民法理論研究と批判的視点: アメリカでの在外研究を通じて、個別の法解釈学にとどまらない広範な理論研究へと視点を移しました。法解釈の方法論に関心を持ち、リアリズム法学や批判法学（フェミニズム法学、批判人種法学を含む）といった思想を探求。また、「法と経済学」に対しても批判的な視点を持ち、市場原理主義への警鐘を鳴らしています。星野・平井論争からも触発され、法規範の認識方法についても日米を比較した研究を行っています。一方で、近年の日本の民法学における概念法学化・法教義学への偏重に警戒感を示し、星野氏の利益考量論の方法論を社会編成原理の観点から再評価・発展させることに努めています。

関係理論と所有法: 債権侵害の研究から発展させ、契約などの《関係》に焦点を当てる理論へと関心を移しました。その創始者であるマクニールに学び、特に継続的契約の研究を深めましたが、この関係論的な視座は、その後の他の分野の研究にも一貫して適用されています。その後、研究対象を契約法から所有法へと広げ、人格理論に基づいた関係的所有を論じるレイディン理論に注目。人工生殖医療、環境問題（緑の所有権）、住宅、都市問題、地方自治、知的所有権など、多様な具体的なテーマを視野に入れ、戦後日本の所有法学に大きな影響を与えた川島武宜氏の理論に対する批判的な視点を示しています。

居住福祉法学の開拓: 所有法研究の具体的な展開として、「居住福祉法学」という新たな領域を開拓しました。これは、建築学から生まれた居住福祉という概念を法学的に捉え直し、日本の住宅・居住分野における市場主義的な法政策構造を批判し、公共的な法介入を強化する必要性を強く主張するものです。ホームレス問題、災害復興（特に震災からの復興）、中山間地域の居住福祉、都市再生、低所得者の借家問題など、具体的な社会問題に即した研究を進めています。

災害・民族補償問題: 災害復興の分野では、東日本大震災を経てもなお日本の居住法政策の構造的な問題が解決されていないことを指摘。また、原子力発電政策における長年の民法学の空白と、それが引き起こす環境的不正義の構造的な歪みにも言及しています。不法行為法の未開拓領域であった民族・人種間の紛争における補償問題についても、関係理論を応用し、関係修復のプロセスとして位置づけて研究。アメリカの人種法学や多文化主義の議論、さらにはフィールドワークや地域研究、国際人道法の視点を取り入れ、強制労働、虐殺、慰安婦、そして特にアイヌ民族問題など、歴史的・社会的に複雑なテーマを民法学の視点から深く掘り下げています。東アジアの隣国との比較研究も氏の研究の重要な特徴の一つです。

その他の研究: 医事法分野では、医療過誤を中心に、日米比較を通じて法解釈と医療保障財政という制度問題との関連を考察する視点を提供。近年の民法改正（債権法改正）についても、その方法論的な議論の欠如や、関係理論との不連続性、従来の法解釈方法論の蓄積との不整合を批判的に指摘しています。環境法分野では、福島原発事故に関連し、自主避難者や営業損害といった賠償問題に関する研究会を通じて活発な提言を行っています。

これらの多角的な研究成果は、「民法学と公共政策」と題した横断的な講義としても展開され、広く影響を与えています。

国際的な活動

吉田氏は、複数回にわたるアメリカでの長期在外研究を通じて、米国の法学者との強固なネットワークを構築しています。近年は、補償、災害、居住福祉といったテーマに関連し、東アジア地域、特に韓国の済州大学との共同研究やフィールドワークといった現場に根ざした国際交流にも精力的に取り組んでいます。また、隣国からの留学生の教育にも積極的に関わり、多くの法学研究者や実務家を育成しています。

略歴と著作

東京大学法学部助手、法政大学助教授、北海道大学助教授・教授・大学院教授を経て、現在の活動の場に移りました。その膨大な研究成果は、『債権侵害論再考』、『民法解釈と揺れ動く所有論』、『居住福祉法学の構想』、『東アジア民法学と災害・居住・民族補償』シリーズなど、数多くの単著、共著、編著、訳書として刊行されており、日本の民法学及び関連分野に大きな影響を与え続けています。

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