名鉄モ880形電車

名鉄モ880形電車は、1980年（昭和55年）に名古屋鉄道（名鉄）が導入した路面電車形式の一つです。登場から2005年（平成17年）にかけて美濃町線や田神線で運用された後、福井鉄道へ譲渡され、現在も同社の880形として活躍を続けています。この車両は、当時の名鉄における路面電車の近代化を象徴する存在であり、その後の形式にも影響を与えました。

名鉄時代（1980年 - 2005年）

モ880形は、2つの車体を中央の台車でつなぐ構造の連接車として設計されました。日本車輌製造で合計5編成10両（880-881から888-889まで）が製造され、1980年から順次営業運転に投入されています。これにより、新関方面と当時の新岐阜駅（現在の名鉄岐阜駅）を結ぶ列車は、美濃町線、田神線、各務原線を経由して15分間隔で運行されるなど、運行体制の強化に貢献しました。空気ばね式の台車が採用され、従来の車両に比べて乗り心地が改善されたのも特徴です。

車体側面には、上段が下降し下段が上昇する二段窓が並び、室内の連結部分は鍵穴のような形状をしていました。座席は、他の電車ではあまり見られないFRP成形の上に一人分ずつの背ずりと座布団が敷かれた独自のものでした。登場当初は、長時間停車時に車内にBGMを流すサービス機能も備えていました。

運用線区が直流600Vの美濃町線・田神線区間から、直流1500Vの各務原線区間へ直通するため、異なる電圧に対応できる複電圧仕様で設計されました。補助電源装置には静止型インバーターが採用され、メンテナンスフリー化が図られています。

登場時は非冷房でしたが、1991年（平成3年）から1993年（平成5年）にかけて冷房化改造が行われました。しかし、この冷房装置は架線電圧600V区間でのみ動作するため、直流1500V区間である始発駅の旧新岐阜駅などでは機能しませんでした。夏場の長時間停車時には冷房が使えず、「サウナ電車」と揶揄されることもあったようです。

こうした課題を抱えつつも、美濃町線においては新岐阜～新関間を結ぶ主要な系統を担い、同時代のモ600形と共に田神線、美濃町線の中心的な存在として活躍しました。また、その斬新な前面デザインは、登場時に一部で「名鉄らしくない」とも評されましたが、後に登場するモ770形やモ780形にも類似のデザインが採用され、結果として名鉄における路面電車の新世代を切り拓く形式となりました。2000年（平成12年）にはワンマン運転対応への改造も施されています。

福井鉄道への譲渡

2005年（平成17年）春に美濃町線と田神線が廃止されたことに伴い、モ880形は運用を終了し余剰となりました。その後、福井鉄道が福武線の活性化策として低床車両の導入を検討する中で、本形式の譲受が決定しました。ただし、鉄道線への直通運用を前提としたモ770形に比べ、モ880形は歯車比変更などの高速化改造が必要であったため、同じく福井鉄道に譲渡されたモ800形やモ770形よりも搬出が遅れ、全車両が福井鉄道へ移籍したのは2006年（平成18年）3月末のことでした。

福井鉄道での再出発（2006年 - ）

福井鉄道では、2006年 4月21日から880形として運行を開始しました。当初は改造の影響による車両不具合が多発し、運用休止も頻繁に発生しましたが、5月中旬からは順次復帰し、安定した運用が図られるようになりました。

車体塗装は、白を基調とし、前面窓下や側面窓部分に青帯、車両下部に黄緑と緑の帯が配されています。これらの色は福井県の雪、海、野、山を表現しているとされます。また、側面運転席ドア付近には福井鉄道のロゴマークが入れられました。このデザインは、同時に譲渡されたモ800形やモ770形にも共通して採用されています。

福井鉄道への譲渡にあたり、走行機器には歯車比の変更や弱め界磁機能の追加、単電圧化（直流600Vまたは1500Vに対応）などの改造が加えられました。集電装置も名鉄時代の菱形パンタグラフからシングルアーム式パンタグラフに換装されています。なお、2016年（平成28年）3月27日から開始された福井鉄道とえちぜん鉄道三国芦原線の相互直通運転には、770形とは異なり、本形式は対応改造が行われず運用されていません。

運行開始後の動向

2013年（平成25年）に公表された資料では、770形と880形について、将来的に老朽化による更新時期に合わせて、より利便性や快適性の高い低床車両（LRV）へ置き換える方針が示されました。しかし、予算上の制約から一部編成については延命工事を施す方針に転換され、まず2021年（令和3年）3月には888-889編成が大規模な更新改造を受けました。この改造では、東洋電機製造製の電装品により走行装置がVVVFインバータ制御および回生ブレーキ装備に更新され、主電動機も小型・軽量・高効率の新型（TDK6256-A、1時間定格60kW）に換装されました。この新型電動機は既存の直流電動機と互換性を持つ設計で、台車構造を変更せずに交換が可能です。VVVFインバータ（RG6039-C-M）はSiCハイブリッドモジュールを採用し、小型化と熱損失低減を実現。また、PWM制御にランダム変調を適用することで、電磁音やノイズの低減も図られています。ブレーキシステムは既存の空気ブレーキを残しつつ、回生ブレーキを新設の主幹制御器（マスコン、ES916-B-M）で操作し、停止時の空気ブレーキで補足する方式となりました。さらに、車内照明のLED化や空調装置の高効率化も行われ、改造前と比較して消費電力を45.8%削減するという高い省エネ効果を達成しました。

これらの更新改造はその後も進められ、2022年（令和4年）5月までに882-883編成と886-887編成にも同様の工事が完了しました。この3編成は、実質的に再生可能エネルギー100％での運行が可能とされています。

一方、福井鉄道は2022年2月に新型LRVの導入計画時期を公表し、同年5月には2023年に低床・バリアフリー対応で消費電力を削減した新型車両「F2000形」を導入することを正式に発表しました。これに伴い、未更新のまま残っていた880-881編成が引退する予定となり、実際に2022年11月27日付で除籍されました。しかし、この880-881編成はそのまま廃車とはならず、2024年1月10日には、福井鉄道が前面排障器にラッセル装置を取り付けた同編成の写真を公開し、今後軌道線用の除雪車として活用することを明らかにしました。これにより、880形は現役の旅客車両としてだけでなく、新たな役割を担うことになりました。

名鉄時代から福井鉄道への譲渡、そして現代的な更新改造や新たな役割への転用など、モ880形は様々な変遷を経て現在に至る、興味深い車両形式と言えるでしょう。

もう一度検索