吸着音

吸着音：肺を使わない独特の子音

吸着音とは、アフリカのいくつかの言語に見られる特殊な子音です。他の多くの言語の子音とは異なり、肺からの呼気を用いて発音するのではなく、口腔内の気圧変化によって生み出されます。このユニークな発音方法は、吸着音を言語学的に非常に興味深い存在にしています。

調音方法：口腔内の気圧操作

吸着音の発音は、複雑で精密な舌と口蓋の動きを必要とします。まず、舌の一部と口蓋（上あご）の一部で閉鎖を作り、空気を閉じ込めます。次に、舌の動きによって口腔内の気圧を下げ、外気との圧力差を生み出します。この圧力差によって閉鎖が開放され、外から内向きに空気が流れ込むことで音が発生するのです。この過程は、まるでピストンのように口腔内の空気を操作しているかのように見えます。

吸着音は、放出音や入破音などと同じく、肺からの呼気を用いない非肺気流機構の子音に分類されます。これらの非肺気流機構の子音は、言語によって異なる特徴を持ち、吸着音はその中でも特に独特のメカニズムで発音されます。

特徴：多様な音と鼻音化

吸着音は、舌の位置や形状によって様々な種類に分類されます。国際音声記号（IPA）では、両唇吸着音[ʘ]、歯吸着音[ǀ]、歯茎吸着音[ǃ]、硬口蓋歯茎吸着音[ǂ]、歯茎側面吸着音[ǁ]、そり舌吸着音[𝼊]などが定義されています。これらの吸着音は、調音部位だけでなく、舌のどの部分を使うか（舌尖、舌端など）によっても区別されます。

さらに、吸着音は鼻音化されることもあります。これは、発音時に口蓋帆を下げて鼻腔と口腔を繋げることで、吸着音と同時に鼻音も発生させることができるためです。多くの吸着音を持つ言語では、鼻音化された吸着音も頻繁に使用されます。

日常会話において、「舌打ち」として使われる音も、歯吸着音[ǀ]に相当します。「チッ」や「チェッ」といった擬音語で表現されるこの音は、非言語的なコミュニケーション手段として広く用いられていますが、言語によっては重要な音素として用いられている点が興味深いです。

言語：アフリカ諸言語における主要な音素

吸着音は、主に南部アフリカの言語で使用されています。特に、コイサン語族の言語では、吸着音が非常に頻繁に使用され、多くの単語が吸着音で始まります。例えば、ター語（コン語）やナマ語では、単語の7割以上が吸着音から始まるといわれています。コイサン語族の言語は、吸着音と他の子音の同時調音によって、非常に多様な子音体系を持っています。ター語の子音数は、数え方によって88種から122種にも及ぶといわれています。

コイサン語族以外にも、バンツー語族の一部言語（ズールー語、コサ語など）や、東アフリカのクシ語族の一部言語（ダハロ語など）、さらにはサンダウェ語やハザ語などにも、吸着音が見られます。ただし、アフリカ以外の言語では、吸着音が言語音として使用されている例はほとんど知られていません。例外として、オーストラリアのダミン語（現在では消滅）に吸着音があったという報告があります。

国際音声記号と歴史

国際音声記号（IPA）では、吸着音に専用の記号が与えられています。しかし、その記号体系は歴史的に変化しており、以前は使われていた記号が廃止されたり、新しい記号が追加されたりしています。例えば、かつて「軟口蓋吸着音」の記号[ʞ]が存在していましたが、理論的にそのような音の発音が不可能であることが判明し、廃止されました。

まとめ

吸着音は、その独特の発音方法とアフリカ言語における重要な役割から、言語学研究において重要な研究対象となっています。その発音機構や、言語における機能について、さらなる研究が期待されています。

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