吹奏楽のための交響曲 (ヒンデミット)

吹奏楽のための交響曲変ロ調

パウル・ヒンデミットが1950年から1951年にかけて作曲した《吹奏楽のための交響曲 変ロ調》（原題：Symphony in B♭ for Concert Band）は、吹奏楽のために書かれた数ある交響曲の中でも、特に重要視されている作品の一つであり、このジャンルを代表する傑作として国際的に高く評価されています。

作曲の背景と初演

本作は、作曲者ヒンデミットがナチス・ドイツの迫害を逃れてアメリカ合衆国へ亡命していた時期に誕生しました。ワシントンD.C.に拠点を置くアメリカ陸軍軍楽隊から、ヒンデミットに指揮者として客演の依頼があったことが作曲の直接的な契機となります。この際、軍楽隊のために「ちょっとしたもの」を作曲する話が持ち上がったのが、この交響曲へ発展しました。当時の軍楽隊隊長ヒュー・カーリー中佐によれば、ヒンデミットは以前から吹奏楽作品の構想を温めており、この依頼が良い機会となったと証言しています。

作品の初演は、作曲者自身の指揮により、1951年4月5日にワシントンD.C.で委嘱元であるアメリカ陸軍軍楽隊によって行われました。楽譜は翌年の1952年にドイツのショット社から出版され、世界中の吹奏楽団で演奏される標準的なレパートリーとなっていきました。ヒンデミット自身による演奏録音としては、フィルハーモニア管弦楽団（1956年）やバイエルン放送交響楽団（1959年）とのものが現存しています。

楽器編成

この交響曲では、アメリカ陸軍軍楽隊による委嘱という背景から、アメリカ式のコンサート・バンド編成が採用されています。これは、ヒンデミットが1926年に作曲した《吹奏楽のための協奏音楽》作品41でみられる、金管楽器を重視したドイツ式の編成とは対照的です。作品名の原題が「コンサート・バンドのための交響曲」となっていることからも、その編成思想がうかがえます。

具体的な楽器編成は以下の通りです。

木管楽器
ピッコロ
フルート2
オーボエ2
ファゴット2
E♭クラリネット
ソロB♭クラリネット
B♭クラリネット3
E♭アルト・クラリネット
B♭バス・クラリネット
E♭アルト・サクソフォーン2
B♭テナー・サクソフォーン
E♭バリトン・サクソフォーン
金管楽器
ソロB♭コルネット
B♭コルネット3
B♭トランペット2
Fホルン4
トロンボーン3
バリトン
チューバ2
打楽器
ティンパニ
グロッケンシュピール
小太鼓
大太鼓
タンブリン
トライアングル
* シンバル

楽曲構成

全3楽章で構成されており、全体の演奏時間は約19分です。本作では、古典的な交響曲の形式構成を意識している点が強く見受けられます。また、ヒンデミットが得意とした対位法的な技法が楽曲全体にわたって駆使されており、精緻なアンサンブルが要求されます。

第1楽章 Moderately Fast, With Vigor

変ロ調、3/2拍子で書かれたソナタ形式の楽章です。序奏はなく、冒頭からトランペットとコルネットによって広い音域を用いた力強い第1主題が提示されます。オーボエによるやや抒情的な第2主題、そして木管楽器による素朴なユニゾンで奏される第3主題が続きます。展開部はゲネラルパウゼを経て、サクソフォーン群に始まるフーガで構成されます。このフーガが頂点に達した後、クラリネットのパッセージを伴いつつ、第1主題と第2主題が木管楽器の高音と低音で同時に再現されるという凝った手法が用いられています。その後、第3主題も再現され、コーダに至り楽章を閉じます。

第2楽章 Andantino Grazioso - Fast and Gay

ト調、2/2拍子で書かれた三部形式の楽章は、緩徐楽章とスケルツォを組み合わせたような性格を持ちます。主部では、穏やかな伴奏に乗って、コルネットとアルトサクソフォーンがカノン風に絡み合う二重奏が聴かれます。中間部は12/8拍子に変化し、木管楽器を中心とした各楽器が快活に動き回る対照的な音楽となります。主部が再現される際には、中間部の楽想も同時に奏され、これら二つの要素が拮抗したままコーダへと進みます。

第3楽章 Fugue

変ロ調、2/2拍子。この楽章は、高度な技術を用いた精巧な二重フーガとして書かれています。冒頭に提示される快活な主題と、後から現れる三連符が特徴的な息の長い主題という、二つの異なる性格を持つ主題がそれぞれフーガ形式で展開されていきます。やがて二つの主題が同時に奏される二重フーガとなると、そこに第1楽章の力強い第1主題が回帰し、楽曲全体の統一感をもたらします。終結部では、F-D-E♭-C#という印象的な動機が強調され、打ちつけるような強い響きで全曲を締めくくります。

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