呉市歌

広島県呉市には、「呉市歌」という名称を持つ歌が二つ存在します。これらの歌は、それぞれ異なる時期に市の歌として制定されたもので、一方は1928年（昭和3年）、もう一方は1952年（昭和27年）に誕生しました。これらの二つの歌は、片方が廃止されてもう一方に取って代わったわけではなく、現在も同名異曲として並立していますが、自治体の公式な例規集に掲載され、式典などで演奏される「呉市歌」としては、制定が古い1928年版のみが扱われています。

1928年版「呉市歌」

この初代の市歌は、呉市が1902年（明治35年）に市制を施行してから26年を経た1928年に制定されました。この年は、呉市が周辺の安芸郡警固屋町、吉浦町、そして賀茂郡阿賀町の3町を合併し、市域を大幅に拡大した記念の年でもありました。地元の新聞社である呉日日新聞社は、昭和天皇の御大典とこの市域拡大という二重の慶事を記念して、新たな市歌の懸賞募集を企画しました。1928年9月23日付の紙面には、「大呉市歌」懸賞募集の社告とともに、当時の勝田登一市長による市歌制定への期待を示す見解や、呉出身の著名な作曲家である藤井清水氏の談話が掲載されました。この募集には、詩人の野口雨情氏や小説家の藤沢衛彦氏といった文化人が審査委員として招かれ、優秀な作品には賞金が授与されることになりました。募集の結果、作詞は松本清氏の作品が一等に選ばれ、作曲は依頼を受けていた藤井清水氏が担当しました。同年11月11日には作曲が完了し、11月27日には呉の地で作曲者の藤井氏と審査員の一人であった野口氏を交えて楽曲に関する協議が行われました。完成した市歌は、企画を主導した呉日日新聞社から呉市に寄贈されました。そして、12月24日に開催された市議会で正式に市歌として制定されることが議決され、12月27日付の告示をもって市の例規集に登載され、公式な歌としての地位を確立しました。この市歌制定の翌年、1929年（昭和4年）には、引き続き呉日日新聞社の企画により、野口雨情氏が作詞した新民謡「呉小唄」も制作されています。

戦後の1952年（昭和27年）に新しい市歌が制定された後も、この1928年版の市歌は廃止されることなく存続しました。一時期、大時代的な歌詞を時代の変化に合わせて改訂すべきかという議論も持ち上がりましたが、1953年8月16日付の『中国日報』の記事によると、多くの市民から「このままで良い」という意見が寄せられたため、制定当時の歌詞のまま維持されることになりました。広島県内において、広島市や尾道市も戦前から市歌を有していましたが、これらは戦後に新しい歌に切り替わっており、1928年版の「呉市歌」は、県内で現在も公式に用いられている市歌としては最も長い歴史を持つものとされています。また、多くの県内市町歌が、原爆投下後の平和への願いを込めた内容となっている中で、この1928年版市歌は、かつての軍港都市としての背景を反映した、勇壮で力強い、ある種大時代的な歌詞を持つという点で、特異な存在感を放っています。

1952年版「呉市歌」

第二次世界大戦後、サンフランシスコ講和条約の発効や旧軍港市転換法の制定といった社会情勢の変化を受け、呉市は1952年（昭和27年）に市制50周年記念事業の一環として、新しい市歌の作成を計画しました。この歌は「伸びゆく呉を象徴する」ことを目指して企画されました。こちらも懸賞募集が行われ、112編の応募作の中から、毎年8月6日に開催される広島平和記念式典の式歌「ひろしま平和の歌」の作詞者としても知られる重園贇雄氏の詞が選ばれました。作曲は、神戸女学院教授であった宮原禎次氏が担当しました。この市制50周年記念版の「呉市歌」は、当時の『呉市勢要覧』（昭和27年版）に掲載されています。

しかし、前述の通り、この新しい市歌が制定された後も、1928年版の市歌は廃止されずに市の例規集に残り続けたため、「呉市歌」という同名の歌が二つ並立する状況が続くことになりました。

備考

平成の大合併において、呉市は安芸郡の音戸町、倉橋町、蒲刈町、そして豊田郡の安浦町、豊浜町、豊町の計6町を編入合併しましたが、これらの町はいずれも町歌を制定していませんでした。また、合併方式が新設合併ではなかったため、市歌は既存の呉市歌に一本化されました（実質的には1928年版が継承されました）。

同名で二曲存在するうち、1952年版の「呉市歌」については、1993年（平成5年）刊行の『呉市史』第7巻に作成経緯に関する記述が見られます。しかし、昭和末期には既に演奏される機会がほとんど失われていたと推測されており、2023年（令和5年）4月時点では、呉市の公式サイトなどにおいて一切紹介されていない状況です。

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