呉秀三

呉秀三：日本の精神医学の父

呉秀三（くれ しゅうぞう、1865年3月14日 - 1932年3月26日）は、日本の医学者、精神科医であり、東京帝国大学医学部教授として、日本の近代精神医学を確立した人物です。「日本の精神医学の父」とも称されています。

生涯と業績

呉秀三は、広島藩医の三男として江戸に生まれました。幼少期から漢学を好み、医学の道に進みました。1890年に帝国大学医科大学を卒業後、精神医学教室の助手となり、1896年からヨーロッパへ留学し、ウィーン大学やハイデルベルク大学で神経病理学や精神医学を学びました。特にクレペリン学派の影響を受け、新しい精神医学の知識を日本に導入しました。

帰国後、東京帝国大学医学部教授に就任し、精神病学講座を担当しました。当時の精神病院における患者の拘束や不適切な処遇を目の当たりにし、その改善に尽力しました。具体的には、拘束具の使用禁止、室外運動の自由化、看護職員の意識改革などを実施しました。また、作業療法を導入するなど、患者の社会復帰を支援する取り組みも行いました。

1902年には、日本初の精神衛生団体である精神病者慈善救治会を設立し、精神病患者の保護と救済に努めました。さらに、三浦謹之助とともに日本神経学会を創立し、精神医学の発展に大きく貢献しました。呉秀三の指導を受けた門下生たちは、その後の日本の精神医学を支える人材として活躍しました。

私宅監置の実態調査

呉秀三は、精神病患者が自宅に監禁される「私宅監置」の実態調査にも力を入れました。1910年から1916年にかけて、門下生を各地に派遣し、詳細な調査を行い、1918年に『精神病者私宅監置ノ實況及ビ其統計的觀察』を発表しました。この調査結果は、精神病院法の制定につながり、精神病患者の人権擁護において重要な役割を果たしました。

同調査書には「わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸の他に、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」という一節があり、これは呉秀三の患者に対する深い思いを表す言葉として、精神医学界で語り継がれています。

人物像

呉秀三は、温厚で誠実な人物として知られていました。行動は慎重で、人の意見をよく聞き、決して感情的になることはなかったといわれています。口数は少なく寡黙でしたが、患者に対する深い愛情と、社会に対する強い使命感を持っていました。

富士川游は、呉秀三について「その努力は尋常ならざるものであった。患者の待遇を改善し、鎖拘束を撤廃し、患者に暴力を加える職員は直ちに解雇した」と評しています。また、松井茂は「文才に溢れ、漢文にも長けていた」と述べています。

医学史研究

呉秀三は、医学史にも深い関心を持ち、シーボルトや華岡青洲、外祖父の箕作阮甫などの伝記を著しました。特にシーボルトの研究は優れており、その功績を後世に伝えました。

家族

呉秀三は、国学者の三浦千春の娘・みなと結婚し、1男4女をもうけました。長男は西洋古典学者の呉茂一です。みなの死後、本多富次郎の娘・みつと再婚し、1男1女をもうけました。

晩年

1925年に東京帝国大学教授を退官し、1927年には日本医史学会を創設しました。1932年、尿毒症のため67歳で亡くなりました。墓所は多磨霊園にあります。

著作

呉秀三は、多くの著書や論文を発表しました。主なものとして、『精神病者私宅監置ノ實況及ビ其統計的觀察』、『箕作阮甫』、『華岡青洲先生及其外科』などがあります。また、シーボルトの『江戸参府紀行』などを翻訳しました。

遺産

呉秀三の功績は、日本の精神医学の発展に大きく貢献しただけでなく、精神病患者の人権擁護という観点からも高く評価されています。その思想と行動は、現代の精神医療にも大きな影響を与えています。東京都立松沢病院の敷地内には、呉秀三の銅像が建立され、その功績を称えています。

呉秀三は、まさに日本の精神医学の礎を築いた偉大な先駆者であり、その遺産は今もなお、私たちの社会に生き続けています。

主要な門下生

森田正馬
松原三郎
斎藤玉男
斎藤茂吉
下田光造
林道倫
加藤普佐次郎

栄典

1923年（大正12年）12月28日 - 従三位
* 1912年（大正元年）12月18日 - 勲三等瑞宝章

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