哀しみの恋人達

「哀しみの恋人達」（かなしみのこいびとたち、原題：Cause We've Ended As Lovers）は、アメリカの歌手シリータ・ライト（アーティスト名義はシリータ）が、1974年のアルバム『スティーヴィー・ワンダー・プレゼンツ・シリータ』に収録して発表した楽曲です。

この曲の作詞、作曲、そしてプロデュースは、当時シリータの元夫であったスティーヴィー・ワンダーが担当しました。発表当初から優れた楽曲として評価されていましたが、このバラードが世界的に広く知られるようになるのは、翌1975年にイギリスのギタリスト、ジェフ・ベックが自身のソロ・アルバム『ブロウ・バイ・ブロウ』（LPリリース時の邦題は『ギター殺人者の凱旋』）でインストゥルメンタル・ヴァージョンとしてカバーしたことによります。

ジェフ・ベックによる革新的な解釈

ジェフ・ベックがこの曲をカバーするに至るまでには、スティーヴィー・ワンダーとの間に特別な経緯がありました。遡ること1972年、スティーヴィーはジェフ・ベックのために「迷信」（Superstition）という楽曲を作曲しますが、自身の所属するモータウンなどのレーベルからの反対にあい、結局スティーヴィー自身のシングルとしてリリースし、大ヒットさせてしまいます。ジェフ・ベックはこのため、「迷信」を自身のオリジナル曲として発表することが叶いませんでした。スティーヴィー・ワンダーは、この件に対する詫びとして、シリータ・ライトのセカンドアルバムに収められていたこのバラード「哀しみの恋人達」をジェフ・ベックに提供したのです。

スティーヴィー・ワンダーによる原曲は、シリータのソフトなヴォーカルが際立つ、穏やかで物静かな雰囲気の楽曲でした。しかし、ジェフ・ベックはこれを自身の類まれなる解釈と技術をもって再構築します。彼は原曲の美しいメロディラインを時に寸断し、大胆な調性の変化を加えながら、非常にダイナミックかつ知的なギター・インストゥルメンタルへと昇華させました。曲中には、ギターのボリュームノブを巧みに操作するボリューム奏法、独特の音色を生み出すピッキング・ハーモニクス、そして増4度の大きな音程変化を伴うチョーキングなど、当時としては革新的な様々なテクニックが組み込まれています。

このジェフ・ベック版「哀しみの恋人達」は、後の多くのギタリストたちに計り知れない影響を与えました。また、この曲はブルース・ギタリストのロイ・ブキャナンに捧げられています。アルバムのジャケットにはその旨が記され、ジェフ・ベック自身も米『ギター・プレイヤー』誌のインタビューで、「ロイのヴァイブレーションと同じになるように弾いた」と語っています。これに対し、ロイ・ブキャナンは1976年にリリースしたアルバム『メシアが再び』（原題：A Street Called Straight）の中で、「マイ・フレンド・ジェフ」と題されたアンサーソングを発表し、ジェフ・ベックへの敬意を示しました。

レコーディングは、途中6小節ほどギターのオーヴァーダビングが加えられた以外は、ほぼ一発録りのいわゆるスタジオライヴ形式で行われました。使用されたギターも特筆もので、ブルース・ギタリストのロニー・マックが所有していた破損したギブソン・フライングVに搭載されていたP.A.Fピックアップを、当時まだリペアマンだったセイモア・ダンカンが修理し、ジェフ・ベックのフェンダー・テレキャスターに移植したカスタムギター、通称「テレギブ」が使われました。

「哀しみの恋人達」は、ジェフ・ベックがヴォーカル曲中心からインストゥルメンタル主体へと音楽性を転換させたアルバム『ブロウ・バイ・ブロウ』以降の、まさに代表曲の一つとなりました。現在に至るまで、彼のライヴにおいて最も重要なハイライト曲として頻繁に演奏されています。1975年には、日本で開催された第1回ワールド・ロック・フェスティバルへの出演を記念し、国内限定でシングルカットもされています。

パーソネル（ジェフ・ベック版）

ジェフ・ベック - ギター
マックス・ミドルトン - キーボード
フィル・チェン - ベース
リチャード・ベイリー - ドラムス

その他の著名なカバー

この楽曲は、多くのアーティストによってカバーされています。

高中正義 - アルバム『Ballade』(1991年)
松本孝弘 - アルバム『Rock'n Roll Standard Club』(1996年)
キエリ・ミヌッチ - アルバム『ルネッサンス』(1996年)
ガトー・バルビエリ - アルバム『ガトー・イズ・バック!』(1997年)

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