喜多文子

喜多文子：囲碁界の先駆者、女流棋士の母

喜多文子（1875年11月16日 - 1950年5月10日）は、明治から昭和にかけて活躍した日本の囲碁棋士です。東京で生まれ、方円社、日本棋院に所属し、名誉八段にまで昇りつめました。女流棋士として初めて実力で四段に到達しただけでなく、多くの後進を育成したことから「現代女流碁界の母」と称えられています。また、大正時代の碁界大合同や日本棋院の設立にも大きく貢献しました。

生い立ちと囲碁との出会い

文子は、医師・司馬凌海の次女として東京下谷に誕生しました。父の死後、佐渡に帰郷する家族と別れ、家元林家の分家で方円社所属の女流棋士・林佐野の養女となり、東京に残ります。佐野から囲碁の手ほどきを受け、11歳頃から方円社に通い始めました。修行中は、男性と同じように丸坊主頭に男児服で過ごしたと言われています。また、佐野を通じて伊藤博文、犬養毅、頭山満、古島一雄といった有力な支援者を得ました。

1891年、15歳で初段となった文子は、1895年には三段に昇段。旧福岡藩藩主・黒田長知の屋敷に出入りしていた縁で、能楽師・喜多流14代家元の喜多六平太と結婚しました。その後13年間は囲碁から離れ、喜多流を陰で支えることに専念しました。

棋界への復帰と活躍

1907年、夫・六平太の勧めで棋界に復帰した文子は、頭山満の支援を受け、旧知の田村保寿（後の本因坊秀哉）との52番の対局に臨みました。さらに、三井家の支援により、中川亀三郎とも20番の対局を行いました。1911年には、万朝報の坊社対抗戦と時事新報の方円社勝ち抜き戦でそれぞれ5人抜きを達成し、この年に女流棋士として初の四段に昇段、1921年には五段に昇段しました。

日本棋院設立への貢献

1923年、本因坊家と方円社が合同して中央棋院が設立されましたが、同年に再分裂。文子は、旧方円社でありながらも、碁界の合同を推進する立場から、小野田千代太郎と共に旧坊門側の中央棋院に残りました。その後の関東大震災後の日本棋院設立までの間、方円社の中川亀三郎、裨聖会の瀬越憲作らとの調整に奔走し、大倉喜七郎と並ぶ日本棋院設立の功労者となりました。

女流棋士の育成

1924年の日本棋院設立後は現役を退き、後進の女流棋士育成に尽力しました。鈴木秀子、伊藤友恵、荻原佐知子、小杉勝子、神林春子、大山寿子、鈴木津奈、杉内寿子ら、多くの有能な女流棋士を育て上げました。1937年には六段に昇段しています。

文子は、1918年に本因坊秀哉が野沢竹朝を破門した際の1923年の和解の席では立会人を務めました。また、呉清源が1928年に来日した際には、病院へ連れて行くなど世話をし、1940年の富士見高原診療所入院中にも度々見舞いに訪れました。1942年の呉清源の結婚では、喜多夫妻が媒酌人を務めています。

1945年から46年にかけては、他の棋士たちと岩手県水沢市に疎開し、地元のアマチュアに指導碁を行いました。その際、文子が署名した碁盤が現存しており、2002年の第21期女流本因坊戦第3局で実際に使用されました。

1950年、文子は波乱に満ちた生涯を終えました。墓所は世田谷区の浄真寺にあります。日本棋院からは、死後に七段が追贈され、1973年には名誉八段が贈られました。2006年には日本棋院囲碁殿堂の第3回候補者にノミネートされ、2013年に殿堂入りを果たしました。

エピソード

喜多家には、喜多流の若い能楽師たちが宗家である六平太のもとで修業のため住み込みしていました。しかし、宗家の妻である文子が囲碁の名人であったため、気後れして誰も囲碁をやらなかった代わりに、将棋が流行ったという逸話が残っています（後藤得三『後藤得三芸談』より）。

参考文献

夢野久作「近世快人伝」（『夢野久作著作集 5』葦書房 1995年）、「喜多文子」（未完）
中山典之『囲碁界の母・喜多文子』日本棋院 2000年

外部リンク

夢野久作をめぐる人々「喜多文子」
中央区 区内散歩「囲碁七段の喜多文子」

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