嘆きのボイン

「嘆きのボイン」は、多才な落語家・漫談家として知られる月亭可朝氏が作詞・作曲を手がけた、いわゆる歌笑曲（コミックソング）です。1969年 12月10日にテイチクレコードから発売され、80万枚という驚異的なセールスを記録する大ヒットとなりました。このシングル盤のB面には「女は魔もの」が収められています。本項では、オリジナル版に加え、後年にセルフカバーされた「嘆きのボイン2017」についても触れます。

楽曲の特徴と制作背景

この楽曲は、聴く者に強烈な印象を与える冒頭の歌詞で始まります。「ボインはぁ〜赤ちゃんが吸うためにあるんやでぇ〜、お父ちゃんのもんとちがうのんやでぇ〜」という、当時としては極めて率直で刺激的なフレーズは、一度聴いたら忘れられないものでした。月亭可朝氏は、自身の特徴的な出で立ちであるチョビヒゲ、丸メガネ、カンカン帽というスタイルで、ギターを抱えながら独特の節回しと語りかけるような歌い方でこの曲を披露し、一躍時代の寵児となりました。

そのコミカルな歌詞や歌唱スタイルとは対照的に、楽曲全体はしみじみとした物悲しさを湛えたエレジー調のメロディで展開されます。「これがほんまのチチ帰るやおまへんか〜、こらほんまやでぇ〜」と締めくくられる終盤では、多くのリスナーが言葉にしがたい感動を覚えたとも言われています。

月亭可朝氏本人は、この曲が生まれたきっかけについて、かつて語っています。元々は営業で外回りをする際に洒落で披露していたところ、それが非常にウケたため、周りから続きを作るよう勧められて完成したのがこの楽曲なのだそうです。

社会現象と影響

「嘆きのボイン」の最大の社会的な影響の一つは、「ボイン」という言葉を広く世間に普及させ、定着させたことにあります。当時、日本中の男子小学生のほとんどがこの歌を口ずさめるほどの影響力を持っていました。「おおっきいのんがボインなら、ちっちゃいのんはコインやで、もっとちっちゃいのんは、ナインやで」といったフレーズは、特に小中学生の間で大流行しました。

また、「乳房が赤ちゃんのためにある」という歌詞は、子供たちにとっては当たり前の事実でしたが、「それが父親のためにあるのではない」と付け加えられることで、子供たちは母親の乳房が授乳という機能だけでなく、同時に性的な意味合いも持つ器官であることを暗に示唆されることになりました。このデリケートな問いを子供から投げかけられた多くの大人は、回答に窮し、困惑しました。結果として、子供たちにこの歌を歌うことを叱って禁じる以外の適切な対応ができず、全国の小学校で事実上「歌ってはいけない歌」とされました。しかし、これに対して子供たちはかえってこの歌をことさら歌うという反抗的な現象が見られました。大人たちがこの歌を禁止する明確な理由を子供たちに示せなかったため、子供たちは大人たちの不機嫌な表情から、何か触れてはいけない秘密を感じ取り、同時に母親の乳房が自分たちの占有物ではなく、父親との間にも想像できない形での共有があることを悟ったとされています。

テレビというメディアを通してコミックソングとしてこの曲が大成功を収めたことは、その後の日本の音楽シーンにも影響を与えました。「赤とんぼの唄」「魚屋のオッサンの歌」などで知られる「あのねのね」など、後続のコミックシンガーが登場するきっかけの一つとなったと言われています。

「ボイン」という言葉の由来

「うれし恥ずかし昭和の日本語」とも称された「ボイン」という言葉の生みの親については、いくつかの説があります。一つは、テレビ番組『11PM』出演時のハプニングを見た大橋巨泉氏が発した言葉とする説です。撮影中に水着姿でプールに飛び込んだ女優・朝丘雪路氏のビキニが外れてしまい、豊かな乳房があらわになったのを見た巨泉氏が思わず「ボイン」と表現したのが始まりとされています。しかし、月亭可朝氏本人はこれとは別のエピソードを語っています。「遊園地のプールで営業していたとき、水着の女性たちを見ていたら胸が『ボインボイン』と揺れていて、そこから着想を得た」と発言したこともあります。いずれにしても、現代では「ボイン」という言葉はほとんど使われなくなり、「巨乳」といった言葉に取って代わられています。

再録音と最後のリリース

2017年11月、月亭可朝氏の落語家生活60周年を記念して、この楽曲の再録音バージョンが発表されました。「嘆きのボイン2017」としてセルフカバーされたこの音源は、7インチアナログEP『嘆きのボイン2017/シャッシャッ借金小唄』およびベスト盤CD『ザ・月亭可朝ベスト+新曲』に収録されました。これらの盤にはオリジナル版も同時に収められています。月亭可朝氏はその翌年である2018年3月に逝去しており、この2017年のリリースが氏にとって生前最後のディスク作品となりました。

他メディアでの展開

「嘆きのボイン」は、そのヒットと知名度から様々なメディアでも取り上げられました。アニメ『ハクション大魔王』の一部のエピソードでは、カンちゃん一家が見ているテレビに可朝氏が登場し、この歌を歌う場面がありましたが、これは替え歌であり、可朝氏役は声優の二代目相模太郎氏でした。また、フジテレビ系列で放送されたバラエティ番組『祭りだ!ワッショイ!』内のショートアニメでも楽曲が使用されており、キャラクターデザインは藤子不二雄Ⓐ氏が担当しました。

CMにおいても、1996年に学生援護会の求人情報誌『an』のテレビCMで、鈴木蘭々氏がこの曲の替え歌を歌唱した例があります。この替え歌は歌詞が関西弁である点を除き、原曲の意味内容とは関連がありません。さらに、2015年放送のFNS27時間テレビの企画「2015 FNS『ドリームカバー』歌謡祭」では、May J.|May_J.氏が本曲をカバーしました。2019年には、ケンタッキーフライドチキンのCMソングがこの楽曲に酷似しているとして、インターネット上で話題になったこともあります。

（注：脚注および外部リンクは、inputの指示に基づき省略します。）

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