地鉈温泉

地鉈温泉：式根島に湧く秘湯、露天風呂番付「東の張出横綱」

東京都の伊豆諸島に位置する美しい島、式根島。この島で体験できる究極の秘湯が、海岸の険しい岩場に湧き出す自然そのままの野湯、「地鉈温泉（じなたおんせん）」です。そのワイルドで唯一無二の佇まいから、旅のエッセイスト・野口冬人氏が選定した「露天風呂番付」では、堂々の東の張出横綱に番付されるほどの評価を受けています。

温泉名の「地鉈」という名は、温泉が湧き出す場所の背後にそびえる岩山が、まるで巨大な鉈（なた）で断ち割られたかのような、深く険しいV字谷を形成していることに由来しています。このダイナミックな地形こそが、地鉈温泉の象徴とも言えます。

泉質と効能

地鉈温泉の泉質は硫化鉄泉で、源泉温度は80度と非常に高温です。この温泉成分に含まれる豊富な鉄分のため、湧き出した湯は酸化して特徴的な赤色を呈します。

古くから、地鉈温泉の湯は「内科の湯」とも称され、以下のような様々な効能が期待されています。

神経痛
冷え性
関節症
婦人病

など、特に内科系の疾患や不調に良いと伝えられています。この源泉の一部は、島内の足付港近くにある「松が下雅湯」にも引かれて利用されており、場所は違えど同じ恵みを享受できます。

温泉地の特徴と入浴スタイル

地鉈温泉が湧く場所は、海岸の岩場に自然にできた複数の湯船が、まるで棚田のように段差をなして連なっています。源泉は高温ですが、これらの湯船には潮の満ち引きに応じて海水が自然に混じり込みます。訪れる時間帯によって海水との混ざり具合が変わり、湯船ごとに様々な温度となるため、その時の潮位に合わせて自分好みの適温の場所を選んで入浴することができます。まさに大自然のプールのような感覚で湯浴みを楽しめます。

野趣あふれる環境での入浴となるため、現在は水着を着用しての混浴が推奨されており、料金は無料です。誰でも気軽に、圧倒的な自然美の中で特別な温泉体験を享受できるのが最大の魅力と言えるでしょう。

かつては湯浴みを楽しむ人々のための脱衣所も設けられていましたが、1996年の台風による高潮で惜しくも倒壊してしまい、現在は残念ながら常設の更衣スペースは確保されていません。また、温泉へと向かう道の途中には「湯加減の穴」と呼ばれる不思議な穴が存在します。ここに手を入れることで、地鉈温泉の現在の湯加減を事前に知ることができるというユニークな言い伝えがあります。

アクセス

地鉈温泉へは、式根島の玄関口の一つである野伏港から徒歩でおよそ25分ほどで到着します。海岸沿いの道や起伏のある場所を通りますので、歩きやすい靴で行くことをお勧めします。

秘湯に至る歴史と逸話

現在でこそ比較的整備された道のりをたどって地鉈温泉へアクセスできますが、その道のりは決して容易なものではありませんでした。明治時代以前は温泉へ下る道は存在せず、入浴するためには海上から船でアプローチするしか方法がなかったのです。

この不便な状況を変えたのが、明治42年（1909年）に泊浦の工事で島を訪れていた静岡県江尻出身の石工3名です。彼らは島の有志たちと協力し、本業の傍らで温泉へと続く困難な道を切り開き、整備しました。この偉業に対し、当時の島民は深く感謝し、その功績を後世に伝えるため、温泉へ下る切り通しの西側の岩壁に「彰功誌」と呼ばれる碑文を刻んだと伝えられています。この彰功誌は、100年以上の時を経た今もなお、地鉈温泉への道を見守るように残されています。

まとめ

大自然の力強さを肌で感じながら湯に浸かることができる地鉈温泉は、単なる温泉施設という枠を超え、長い歴史と先人たちの努力によって今に伝えられる貴重な自然遺産であり、文化遺産でもあります。野趣あふれる環境、効能豊かな赤い湯、そしてそれにまつわる感動的な物語が、訪れる人々に忘れられない特別な体験を提供してくれます。式根島を訪れた際には、ぜひこの露天風呂番付「東の張出横綱」の貫禄をその身で体感してみてください。

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