坂本多加雄

坂本多加雄：保守派政治学者としての生涯と業績

坂本多加雄（1950年6月8日-2002年10月29日）は、日本の近代日本政治思想史を専門とする著名な政治学者でした。法学博士の学位を持ち、その鋭い分析力と深い洞察力は、日本の政治思想や歴史教育の議論に大きな影響を与えました。

愛知県名古屋市生まれの坂本氏は、幼少期に神戸市へ転居。灘中学校・高等学校を経て、東京大学法学部を卒業後、同大学院に進学し、日本政治思想史を専攻しました。指導教官には松本三之介氏をはじめ、同時代の若手研究者であった御厨貴氏や北岡伸一氏らと交流を深め、日本の近現代史研究の最前線で研鑽を積みました。

1980年には東京大学大学院法学政治学研究科博士後期課程を修了し、学習院大学法学部助教授に就任。1987年には教授に昇進し、1992年から1994年にかけてはハーバード大学客員研究員として研究活動を行いました。学習院大学では、政治学科主任や史料館長なども歴任し、教育・研究機関において指導的な役割を果たしました。

坂本氏の研究活動は、福地源一郎や山路愛山といった近現代日本の知識人の思想や言説の分析から始まりました。日本の歴史とアイデンティティを問い直し、その来歴をどのように捉えるべきかをライフワークとして追求しました。

1990年代半ばからは、保守派の論客として積極的に発言。特に歴史教科書問題においては、歴史研究と歴史教育を明確に区別する独自の立場を主張しました。歴史研究は多様な解釈を許容すべきである一方、歴史教育はオーソドックスな視点に基づいて行われるべきだと提唱し、激しい議論を巻き起こしました。

「新しい歴史教科書をつくる会」の呼びかけ人にも名を連ね、歴史教育のあり方について強い関心を示していました。同会は、1996年に結成され、歴史教科書における記述内容に異議を唱え、論争を巻き起こしたことで知られています。坂本氏はこの問題を通じて、歴史認識と教育の在り方について深い考察を提示しました。

また、坂本氏は「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」委員なども務め、幅広い社会貢献活動にも積極的に携わっていました。

2002年10月、胃がんのため急逝。発見が遅れたことが原因で、病状は急速に悪化しました。享年52歳でした。大学時代からの趣味であった弓道や映画鑑賞は、晩年まで続けられ、遺稿となった映画評論は『スクリーンの中の戦争』（文春新書）として出版されています。

坂本氏の学術的貢献は高く評価されており、数々の賞を受賞しています。主な受賞歴には、1991年の『市場・道徳・秩序』でサントリー学芸賞と日経・経済図書文化賞、1996年の『象徴天皇制度と日本の来歴』で読売論壇賞などがあります。

彼の著作は多岐に渡り、『山路愛山』、『市場・道徳・秩序』、『象徴天皇制度と日本の来歴』、『歴史教育を考える――日本人は歴史を取り戻せるか』、『国家学のすすめ』など、日本の政治思想、歴史、文化に関する多くの著作を世に残しました。これらの著作は、現在も多くの読者から高い評価を受けており、日本の思想史研究に多大な影響を与え続けています。

2022年には没後20年を記念したシンポジウムが開催され、井上寿一、梶田明宏、苅部直、北岡伸一、河野有理、杉原志啓、鈴木健吾、田頭慎一郎、御厨貴といった、各分野の第一人者たちが登壇し、坂本氏の業績と思想が改めて再評価されました。坂本多加雄の研究と主張は、現代日本社会においても、依然として重要な意味を持ち続けていると言えるでしょう。

もう一度検索