堕落天使 (曲)

楽曲概要

「堕落天使」（Fallen Angel）は、英国のプログレッシブ・ロックバンド、キング・クリムゾンが1974年に発表した7枚目のスタジオ・アルバム『レッド』に収録されている楽曲です。このアルバムは、バンドの70年代前半における活動の重要な区切りとなる作品であり、「堕落天使」はその中でも特に抒情性と悲劇性を内包した楽曲として、リスナーに強い印象を与え続けています。

歌詞とテーマ

楽曲の根幹をなす歌詞は、リチャード・パーマー・ジェイムスによって書かれました。その内容は、都会の裏社会、具体的にはニューヨークのストリートでギャングの一員として生きていた弟が、抗争の中で命を落としたという悲劇を描いています。この非業の死に対する兄の深い悲しみと喪失感が、物語の中心にあります。リードボーカルを担当するジョン・ウェットンは、その魂を揺さぶるような力強い声と、弟への深い哀惜の念を込めた情感豊かな歌唱で、歌詞の持つ重さと悲劇性を最大限に引き出しており、聴く者の心に深く響きます。

音楽的評価

「堕落天使」は、発表以来、その音楽的な質の高さから多くの批評家やファンに称賛されてきました。特に、アメリカの著名な音楽批評サイトであるスプートニクミュージックは、この楽曲をキング・クリムゾンの広範なディスコグラフィ全体における「最高のバラードの一つ」として高く評価しています。その美しい旋律、ウェットンの心に訴えかけるボーカル、そして独特の楽器編成による深みのあるサウンドが、本作をキング・クリムゾンの代表的なバラードとして位置づけています。

制作背景と楽器編成

この楽曲の音楽的な出発点となったのは、ギタリストであるロバート・フリップが1972年に着想した、アルペッジョを主体とするギターフレーズです。このアイデアは、後に名盤となるアルバム『太陽と戦慄』（1973年）の制作が始まる前の段階、具体的には1972年10月に行われた、ブレーメンのズーム・クラブでのコンサートにおけるバンドの即興演奏の中で既に試みられていました。バンドの創造的なプロセスの中で、楽曲の核となる部分が練り上げられていったと言えるでしょう。

スタジオでのレコーディングには、バンドの基本的なトリオ編成であるフリップ、ウェットン、ビル・ブルーフォードに加え、複数のゲストミュージシャンが参加し、楽曲に多彩な音色を加えています。曲の冒頭で聴かれる、悲哀を帯びた印象的なチェロのパートは、クレジットには記載されていませんが、楽曲の雰囲気を決定づける重要な要素です。さらに、マーク・チャリグがコルネットを、ロビン・ミラーがオーボエを演奏しています。これらの管楽器の音色は、楽曲に独特の哀愁と色彩を与え、メランコリックなムードを強調しています。チャリグとミラーは、かつてキング・クリムゾンが1970年代初期に発表したアルバム『リザード』や『アイランズ』にもゲストとして参加しており、本作への参加は彼らのバンドとの継続的な関わりを示すものです。

また、ロバート・フリップ自身も、自身のギターワークに加え、メロトロンという古楽器のような響きを持つキーボードを使用しています。メロトロンの重厚で浮遊感のあるストリングスやコーラスの音色は、楽曲の持つ悲しみと美しさが同居する雰囲気を一層深め、壮大な広がりをもたらしています。これらの多様な楽器とゲストミュージシャンの巧みな組み合わせにより、「堕落天使」は、悲しみと美しさが同居する、奥行きと温かみのある複雑なアンサンブルに仕上がっています。

音楽的な側面で特筆すべき点は、この「堕落天使」が、ロバート・フリップがキング・クリムゾンのスタジオ・アルバムに正規に収録される楽曲でアコースティック・ギターを演奏した最後の例となったことです（2002年に発表されたミニ・アルバム『しょうがない』に収録された「アイズ・ワイド・オープン」のアコースティック・バージョンを除く）。これは、当時のキング・クリムゾンのサウンドの変化や、フリップ自身の演奏スタイルの変遷を示すサインとも解釈できます。

ライブ演奏とカバー

「堕落天使」は、1974年にアルバム『レッド』で発表されて以降、驚くべきことに40年以上の長きにわたり、一度もキング・クリムゾンのライブセットリストに加えられることはありませんでした。ファンにとっては幻の楽曲として語り継がれてきましたが、この長い沈黙を破り、ついに2017年、バンドが大規模なダブルカルテット編成でツアーを行った際に、アメリカ・シカゴでの公演で待望のライブ初演奏が実現しました。この出来事は、長年のファンにとって感動的な瞬間となりました。

また、この楽曲は他の音楽家にもインスピレーションを与えています。日本の弦楽四重奏団として知られるモルゴーア・クァルテットは、「堕落天使」を弦楽四重奏のために編曲し、彼らのユニークな解釈で演奏しています。クラシックの技法を用いた彼らの演奏は、原曲の持つ旋律美やドラマ性を新たな角度から提示しています。

パーソネル

「堕落天使」のレコーディングに参加した主なメンバーおよびゲストは以下の通りです。

ジョン・ウェットン: ボーカル、ベース
ロバート・フリップ: ギター、メロトロン、アコースティック・ギター
ビル・ブルーフォード: ドラムス

ゲストミュージシャン：

マーク・チャリグ: コルネット
ロビン・ミラー: オーボエ
クレジットなしのチェロ奏者

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