報道倫理

報道倫理とは

報道倫理、またはジャーナリズム倫理は、報道機関とその活動に関する倫理的な規範です。報道の自由は民主主義の根幹をなす要素であり、言論の自由と共に近代憲法で保障されています。しかし、その自由は無制限ではなく、報道機関は倫理的な制約の下で活動する必要があります。

報道倫理の必要性

民主主義国では、政府からの干渉を排除し、プレスの自由を最大限に尊重します。しかし、記事を入手する過程で、記者の行動には道義的制約が求められます。報道の自由を尊重する観点から、表現や報道の規制は法律ではなく、ジャーナリスト自身が自主的に定める倫理基準によって行うのが望ましいとされています。ジャーナリズムの重要な役割の一つに「権力の監視」があり、その対象である国家権力にルールの制定を委ねるのは適切ではありません。

倫理規定

欧米や日本などの民主主義国では、倫理規定を自主的に設けることで、道徳的な良心を強化し、国の介入を防いでいます。これらの規定は、記者自身または報道機関のオーナーによって作成され、倫理的ジレンマや利害相反が生じた際の判断指針となります。しかし、規定の内容は時に曖昧であり、記者や編集者は常識や道徳に基づいて行動することも求められます。

報道倫理の主な内容

国際ジャーナリスト連盟が採択した「ジャーナリストの義務に関するボルドー宣言」では、ジャーナリストが守るべき義務として、真実の尊重、論評の自由、正確性、情報源の秘匿、盗用・中傷・名誉毀損・報道に関する金銭の授受の排除を挙げています。また、世界各国の倫理規定では、真実性、正確性、プレスの自由、公正な取材、情報源の秘匿、公平な報道、人権の尊重などが重要視されています。

報道倫理理論の歴史

「思想の自由市場」論

17世紀のイギリスで、ジョン・ミルトンは検閲を批判し、「アレオパジティカ」で言論の自由を主張しました。彼は、自由な発言の場で真実が勝利すると説きました。この考えは「思想の自由市場」論と呼ばれ、19世紀のジョン・スチュアート・ミルも「自由論」で言論の自由の重要性を強調しました。

社会的責任理論

20世紀に入ると、アメリカでメディアの大規模化と商業主義化が進み、報道の歪曲や市民の権利侵害が問題となりました。1947年、「プレスの自由委員会」は「自由で責任あるプレス」を公表し、プレスの自由は市民の権利と公共的関心を組み込むべきだとしました。この理論は「プレスの社会的責任理論」と呼ばれ、メディアが社会に果たすべき責任を示しました。

メディア責任システム

クロード・ジャン・ベルトランは、社会的責任理論を発展させ、「メディア責任システム」を提唱しました。これは、メディアの倫理的意志決定過程を外部に開放することで、国家の規制やジャーナリストの道徳心に依存せずに倫理を維持する方法です。このシステムは、倫理基準の明確化に役立ち、日本の第三者機関設置の基礎理論となりました。

報道倫理の要素

正確性

報道の正確性は最も重要な要素の一つです。誤った報道は重大な人権侵害につながる可能性があり、報道機関は常に情報の真偽を確認する必要があります。誤報が発生した場合は、速やかに訂正し、責任を明確にする必要があります。また、報道は誇張やセンセーショナリズムを避け、暴力を扱う場合は慎重さが求められます。

誤報

誤報は報道機関が避けなければならないものです。誤報を防ぐために、複数の情報源と照合し、情報の真偽を確認する必要があります。誤報が発生した場合は、訂正やお詫びの報道を行う必要があります。誤報の原因としては、傲慢さ、不勉強、思い込み、過剰なサービス精神、過剰な自己規制などが挙げられます。

虚偽報道・捏造

虚偽報道は意図的に情報を捏造する行為であり、絶対に行ってはなりません。情報提供者の虚偽情報に乗せられる場合もありますが、報道機関は常に情報の真偽を見抜く必要があります。虚偽報道の原因として、筆者の功名心や上司のチェック不足が指摘されています。

盗作

他人の記事を盗む盗作は不正行為であり、著作権侵害にもなります。先行記事を参考にする場合は、必ず再取材を行い、独自の視点で記事を書き直す必要があります。インターネットの発達により、ネット上の記事を盗用するケースが増えていますが、これは倫理的に許されない行為です。

公平性

報道は、特定の立場や事実のみを強調するのではなく、複数の視点から公平に情報を伝える必要があります。公平な報道は、各国の報道倫理基準で重要視されています。日本の放送法でも不偏不党の原則が定められています。

客観報道

客観報道とは、記者の主観や意見を交えずにニュースを伝えることです。これは、報道の自由が価値相対主義に基づいているため、特定の世界観を絶対視すべきではないという考えに基づいています。客観報道は、事実を曲げずに描写し、報道者の意見を排除し、意見が分かれる場合は偏らないことが重要です。

偏向報道

報道機関は、時に無意識的に偏った報道を行うことがあります。偏向報道には、党派的偏向、宣伝による偏向、無意識の偏向、イデオロギーによる偏向などがあります。報道機関は、偏向報道を避けるために、自らの価値観を常に意識し、多角的な視点から報道を行う必要があります。

科学報道

科学報道では、科学的根拠に基づかない情報をセンセーショナルに報道することが問題となる場合があります。報道機関は、専門知識と倫理観に基づいた科学記者や番組制作者を育成し、正確な科学情報を伝える必要があります。

取材源との関係

ジャーナリストは、情報源との信頼関係を築く必要があります。情報源との関係を構築する中で、ジャーナリストは中立性、客観性を保つことが難しくなるというジレンマに陥る場合があります。また、情報提供者への金銭や物品による対価の提供は、情報の偏りや信憑性に影響を与えるため、避けるべきです。

情報源の秘匿と明示

記者は、情報源の安全や信頼を守るため、「取材源の秘匿」を守る義務があります。しかし、情報操作を防ぐために、可能な限り情報源を明示することが望ましいとされています。

その他の倫理要素

報道資料の目的外使用は禁止されており、盗撮、無断録音、おとり取材などの取材方法も倫理的に問題となる場合があります。また、取材対象者の人権を侵害しないように配慮する必要があり、特に犯罪報道では、無罪推定の原則を遵守する必要があります。

報道倫理の維持

報道倫理を維持するためには、倫理規定を設け、その遵守を徹底する必要があります。また、外部からの批判を受け入れ、説明責任を果たすことも重要です。オンブズマン制度や第三者機関の設置は、報道機関の倫理を維持するための重要な手段となります。

日本における報道倫理

日本で報道倫理が明記されたのは、1946年の「新聞倫理綱領」が最初です。その後、放送業界や出版業界も独自の倫理規範を策定しました。報道機関は、自社内に審査機構を設け、報道内容のチェックを行っています。

現在の課題

現代の報道には、メディアスクラムやプライバシー侵害、権力監視機能の低下、プロフェッショナリズムの欠如など、多くの課題があります。報道機関は、これらの課題を克服し、信頼回復に努める必要があります。ジャーナリスト養成機関の設立や、倫理に関する教育の強化も不可欠です。

まとめ

報道倫理は、民主主義社会における報道機関の活動を支える重要な規範です。報道機関は、常に倫理的な視点を持ち、正確で公平な報道を行う必要があります。また、社会の信頼に応え続けるために、自己改革を続ける必要があると言えるでしょう。

参考資料

原寿雄 『ジャーナリズムの可能性』 岩波書店 2009年
原寿雄 『ジャーナリズムの思想』 岩波書店 1997年
梓澤和幸 『報道被害』 岩波書店 2007年
高橋シズヱ・川原理子編 『〈犯罪被害者〉が報道を変える』 岩波書店 2009年
古賀純一郎 『メディア激震』 NTT出版 2009年
松井茂記 『マス･メディア法入門』 日本評論社 2008年
大石泰彦 『メディアの法と倫理』 嵯峨野書院 2007年
田島泰彦・右崎正博・服部孝章 『現代メディアと法』 三省堂 2009年
岩瀬達哉 『新聞が面白くない理由』 講談社 2001 年
土屋美明 『裁判員制度と報道』 花伝社 2009年
浅野健一 『裁判員と「犯罪報道の犯罪」』 昭和堂 2009年
浅野健一『客観報道』筑摩書房 1993年
蒲島郁夫・竹下俊郎・芹川洋一 『メディアと政治』 有斐閣 2009 年
大石裕・岩田温・藤田真文 『現代ニュース論』 有斐閣 2003 年
上杉隆 『ジャーナリズム崩壊』 幻冬舎 2008年
日隅一雄 『マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか』 現代人文社 2008年
清水英夫 『表現の自由と第三者機関』小学館 2009年
松永和紀 『メディア・バイアス』 光文社 2007年
天野勝文・橋場義之 『新現場から見た新聞学』 学文社 2008年
浜田純一・田島泰彦・桂敬一編 『新訂新聞学』 日本評論社 2009年
マイケル･クロネンウェッター著 『ジャーナリズムの倫理』 渡辺武達訳 新紀元社 1994年
C･J･ベルトラン著 『メディアの倫理と説明責任制度』 前澤猛訳 明石書店 2005年
* 原寿雄・桂敬一・魚住昭・豊秀一 「小沢VS検察報道を考える」『創』4･5月号 2010年

もう一度検索