場所 (地理学)

地理学における「場所」の概念

地理学における「場所」とは、単なる物理的な空間ではなく、個人や特定の集団にとって特別な意味を持つ、主観的な空間のことです。この概念は、現代の人文[[地理学]]において非常に重要な位置を占めており、人間の活動を研究する上での認識論的な基盤となっています。

「場所」概念の誕生

「場所」が地理学の重要な概念として認識されるようになったのは、1970年代に始まった人文主義[[地理学]]の興隆がきっかけです。それ以前の地理学は、地域ごとの特性を記述する地誌学的なアプローチが主流でした。しかし、1950年代後半から1960年代初頭にかけて、計量革命と呼ばれる動きが起こり、地理的事象を数理的に分析する手法が導入されました。

これに対し、人文主義[[地理学]]は、定量化できない主観的な空間を研究対象とし、人間が関わることで意味付けられた感覚的な世界を重視しました。それまで一般的な名詞として使われていた「場所」という言葉は、日常生活の経験世界を捉えるための概念として使われるようになったのです。この分野の代表的な論者としては、イーフー・トゥアンとエドワード・レルフが挙げられます。

1974年にトゥアンが『トポフィリア』を、1976年にレルフが『場所の現象学』を出版し、これらの著書は、この分野の代表作として高く評価されています。レルフは著書の中で、「場所の本質」は人間の場所に対する主観的な捉え方によって把握されると述べました。また、人間の場所に対するアイデンティティは、「内側」か「外側」かという次元と、「個人－集団－公共－大衆」という社会化のあり方が組み合わさることで形成されると論じました。さらに、レルフは、現代社会における場所の形成について、「本物」の場所と「偽物」（没場所性）を区別し、工業化やモビリティの進展によって没場所が増加していると指摘しました。そして、「場所のセンス」を取り戻すためには、現代社会の様々な権威から脱却する必要があると主張しました。

トゥアンは、場所を空間との対比で論じ、空間には自由、憧れ、観念的、抽象的といった特性がある一方、場所には安全、愛着、親密、価値の中心といった特性があることを示しました。

批判と展開

人文主義[[地理学]]的な場所論は、場所を人間の主観的な経験の舞台として捉える点において、様々な批判を受けました。特に、場所の定義が本質主義に基づいているという批判が強く、デレク・グレゴリーは、社会の中で生きる我々の活動の現実を捉えるためには、主体の行為を拘束する構造との相互作用を考慮する必要があると主張しました。

1980年代以降のイギリスでは、社会理論や政治経済学の議論を地理学に取り込み、場所を「様々な力が競合する場」として捉える動きが生まれました。また、人文主義[[地理学]]が場所を所与のものとして捉え、その価値付けの文脈にある社会構造を無視しているという批判もありました。フェミニスト[[地理学]]者のジリアン・ローズは、家が女性にとって抑圧の場として機能してきたことを指摘し、人文主義[[地理学]]者の「人間中心主義」的なアプローチが暗黙のうちに男性を前提としていると批判しました。

マルクス主義[[地理学]]者のデヴィッド・ハーヴェイは、場所がグローバルな経済再編の影響を受ける一方で、資本の力に抵抗するための排他的な場所のアイデンティティ形成が促進されることを指摘しました。そして、強者の価値観に基づいた場所が守られる結果、社会の分断が深まることを危惧しました。ティム・クレスウェルは、特定の場所に結び付けられた人、物、実践から外れた行為が「逸脱」とみなされることを示しました。

ナイジェル・スリフトは、場所を出来事や実践との具体的な関係として捉え、常に変化するものとして理解する必要性を説き、ドリーン・マッシーは、場所を開放的で変化に富んだものとして捉えることを支持しました。マッシーは、場所がグローバルな社会関係とローカルな社会関係が混ざり合う場所であり、異質なものが共存する場であると論じました。また、グローバル化の中で、場所が否定の場や、侵略や差異から逃れる場となっていることに警鐘を鳴らしました。

このように、地理学における場所の概念は、人文主義[[地理学]]の登場から様々な批判や展開を経て、より多角的で複雑なものへと変化してきました。現代の地理学において、「場所」は、人間の主観的な経験だけでなく、社会構造やグローバルな視点からも考察される重要な概念となっています。

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