塚谷晃弘

経済学と音楽、二つの世界を生きる

塚谷晃弘（つかたに あきひろ）は、1919年（大正8年）3月16日に東京で生まれ、1995年（平成7年）10月13日に亡くなった日本の知性です。彼は、経済学の分野で卓越した業績を残し、國學院大學の教授を経て名誉教授に列せられる一方で、独創的な作品を生み出す作曲家としても活動しました。経済学博士号を持ち、学術的な探求と芸術的な創造という、一見異質な二つの道を深く歩み続けた稀有な存在です。戸籍上の名は塚谷博通でした。

東京府本郷区湯島で、鉄道照明機工場を営む家庭の長男として育った塚谷は、幼い頃から豊かな環境で育ちました。豊島師範附属小学校を経て、旧制武蔵高等学校に進学。尋常科から高等科の文科甲類を1937年（昭和12年）に卒業しました。学生時代には音楽に深く傾倒し、14歳で母からピアノの手ほどきを受け、16歳からはヴァイオリンを塚谷留太に師事。旧制高校在学中には鯨井孝のもとで約2年間声楽を学びました。1938年（昭和13年）、東京帝国大学経済学部に入学。大学ではオーケストラでコントラバスを担当し、音楽との関わりを持ち続けました。大学2年の時、友人である北園克衛や石田一郎の勧めで独立作曲家協会に参加。大学在学中から作曲家・諸井三郎に師事し、1939年（昭和14年）にはピアノ曲を発表するなど、作曲家としての活動を開始しました。

経済学者としての軌跡

東京帝国大学を卒業後、1941年（昭和16年）4月に東亜研究所の研究員となり、経済調査に携わります。しかし、太平洋戦争中の1942年（昭和17年）4月に応召し、陸軍兵卒として北支に8ヶ月従軍。復員後は軍属として4年間勤務し、敗戦まで経済調査事務に従事しました。戦後、学術の道に戻り、1946年（昭和21年）5月に日本歯科医学校専門学校の講師に就任。翌年には教授に昇任します。成蹊大学や國學院大學でも講師を務めた後、1951年（昭和26年）4月に國學院大學政治学部助教授、1953年（昭和28年）6月には同学政治経済学部教授となりました。経済史や経済思想史を専門とし、研究活動にも積極的に取り組み、1960年（昭和35年）4月には滝川政次郎らと共に社会経済史研究所を結成しました。1964年（昭和39年）にはアメリカ合衆国に渡り、スタンフォード大学に留学、南カリフォルニア大学でも講演を行うなど、国際的な視野を広げました。長年にわたる「近代日本経済思想史研究」の成果は高く評価され、1985年（昭和60年）1月に國學院大學から経済学博士の学位を授与されます。1988年（昭和63年）3月、國學院大學を定年退職しました。

作曲家としての創造活動

経済学の研究・教育に情熱を注ぐ傍ら、塚谷晃弘は作曲家としても精力的に活動を続けました。戦後、日本の現代音楽を牽引する一人として、1949年（昭和24年）には清瀬保二や松平頼則らと共に新作曲派協会を結成しました。1950年（昭和25年）にはNHKの25周年記念管弦楽曲懸賞に応募した交響組曲『祭典』が佳作に入選し、作曲家としての地位を確固たるものとします。1951年（昭和26年）からは高田三郎にオーケストラの指揮法を師事し、音楽表現の幅を広げました。同年からは舞踊音楽の作曲も手掛けるようになり、舞踊家・関矢幸雄との共同制作による舞踊作品『黒い沼』は、高松宮賞を受賞するという栄誉に輝きました。彼の作品は、管弦楽、室内楽、器楽曲、歌曲、合唱曲など多岐にわたります。代表作には「弦楽と打楽器のための組曲」や「無伴奏チェロのための2章」などがあり、独特な響きと構成が特徴です。

幅広い著作・翻訳活動

塚谷晃弘の知的好奇心は、研究や作曲にとどまらず、旺盛な執筆活動にも表れています。経済学や日本史の専門書のほか、音楽史や音楽理論に関する啓蒙書、さらには文学作品の評論まで手掛けました。特に、外国の重要な学術書や音楽理論書を積極的に翻訳し、日本の学術界や音楽界に紹介した功績は大きいと言えます。アーノルド・トインビー、シャルル・ジイド、アーロン・コープランド、アルテュール・オネッゲル、ストラヴィンスキーなど、その翻訳対象は多岐にわたり、経済学、歴史学、音楽学における古典や現代の重要な思想を日本に届けました。共著や編著も多く、多角的な視点からの研究や情報発信を行いました。

晩年

塚谷晃弘は1995年（平成7年）10月13日、心不全のため76歳でその生涯を閉じました。彼の実娘である塚谷夏生氏は、音楽之友社の取締役を務めるなど、音楽出版の分野で活躍しています。

経済学者と作曲家、二つの道を高いレベルで究めた塚谷晃弘の業績は、学術と芸術の双方において、今なお多くの人々に影響を与えています。

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