墨子

墨子（ぼくし）

墨子は、古代中国の戦国時代に活躍した思想家・墨翟（ぼく てき）に由来する著作であり、その思想をまとめたものです。墨翟は紀元前470年頃から紀元前390年頃まで生きたとされ、墨家という学派の創始者と位置付けられています。彼の思想は、平和主義と博愛主義を中心とし、また、中国の科学技術史においても重要な役割を果たしたと評価されています。

墨翟の素性と背景

墨翟には多くの謎が残されており、その素姓や出身地については多くの説が存在します。「墨」が姓であるのか、綽名であるのか、さらに出身地についても魯、宋、楚といった場所が挙げられたり、中華民国初期にはインド人説が提唱されたこともあります。『史記』においては、墨子が宋の高官であったという記述がありますが、その素姓に関する具体的な情報は明らかではありません。

墨翟は初め儒教を学んでいましたが、儒教の持つ「仁」の思想を差別的な愛と考え、その限界を感じました。これによって独自の思想を構築し、無差別な愛を説くようになり、一派を形成するに至ります。しかし、彼の平和主義は当時の軍事拡張を図る諸侯に受け入れられず、むしろ敬遠されがちでした。墨翟の死後、その弟子たちは墨家を拡大し、権力を持つ存在になるものの、最終的には衰退してしまいます。

書物『墨子』の内容

『墨子』という作品は名目上の著者は墨翟ですが、実際には墨翟の弟子たちによって、学派の思想や対立を経ながら編纂されました。現存するのは53篇ですが、もともともっと多くの篇があったと推測されています。

基本の構成

1. 断想集: 「親士」「修身」「所染」などが含まれる。この部分は序盤に配置されているが、主要な思想ではありません。
2. 十論: 「尚賢」「尚同」「兼愛」「非攻」など、墨家の核心的思想を説く部分です。各論にはさらに細分化された篇が存在し、一部は散逸しています。
3. 墨弁・墨経: 論理学や幾何学に関する用語集・学説集であり、難解な内容です。
4. 墨翟の逸話集: 墨翟の教えや行動を伝える篇が含まれています。
5. 守城の手引き: 城の防衛に関する具体的な技術や学問が記されています。

墨家の十大主張

墨家の思想は、一般的には儒家に対抗するものであり、実用主義に重きを置いています。以下は墨家の主要な主張です。

• - 兼愛: 区別なく全ての人を愛すること。
• - 非攻: 戦争を否定し、他国への侵攻を禁止。防衛のための戦争は例外とします。
• - 尚賢: 能力に基づいて人を登用せよ、など平等主義的な主張。
• - 節用: 資源の無駄をなくすことを推奨。
• - 霊的藩屏（明鬼）: 善悪に対して賞罰を与える神の存在を認める事を主張します。

墨翟の逸話

墨翟の著名な逸話の一つには、彼が楚の王に対して宋を攻めることを思い止まらせた話があります。楚王は墨翟の助けを得て、新兵器に対する攻防を模擬的に実施し、最終的に墨翟が王に誓わせた結果、宋を守ることに成功しました。この話は墨翟の智慧と勇気を象徴しています。

後世への影響

中国において、墨子は様々な時代に再評価され、明末には清朝の学者たちによって校訂整理されました。また、日本や西洋においてもその思想が取り上げられ、キリスト教や功利主義との類似が指摘されたり、様々な文学作品に影響を与えてきたのです。

現代への影響

21世紀においても、墨子は科学史や哲学の領域で注目されており、中国の代表的な思想家の一人として評価されています。

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