夏村辰男

夏村辰男：競馬界の多才なレジェンド

夏村辰男（1921年7月21日 - 1989年7月16日）は、日本の競馬史に名を刻んだ稀有な人物です。騎手として華々しくデビューし、その後は競輪選手、実業家、馬主、そして中央競馬の調教師として活躍。そのキャリアは、単なる競馬関係者という枠を超えた、波瀾万丈の人生そのものでした。

小倉から世界へ：騎手としての出発

福岡県小倉市（現在の北九州市小倉北区）に生まれた夏村は、小倉競馬場の厩務員だった父親の影響を受け、幼少期から馬に囲まれた環境で育ちました。1934年、騎手を目指し小倉競馬場の坂本勇次郎厩舎に弟子入り。1937年3月、宮崎競馬場で騎手としてデビュー。デビュー5戦目で初勝利を収めると、翌年には満州へ渡り、奉天や撫順などの競馬場で騎乗しました。その後、本土に戻り兵役を経て、太平洋戦争を経験します。

戦後の起業家精神と競馬への回帰

戦後、夏村は競馬とは全く異なる世界で起業家として成功を収めます。元軍馬の売買から始まり、魚介類の販売、そして競輪選手としての活動を経て、朝鮮戦争時にはホテルとキャバレー経営に乗り出しました。自身の言葉によれば、「この世に思い残すことはない」ほどの成功を収めたと言われています。

しかし、夏村の心には、常に競馬への情熱が燻っていました。1951年、かつての師匠である坂本勇次郎と再会。坂本の依頼を受け、馬主となり、坂本厩舎に競走馬を預託したことが、彼を再び競馬の世界へと導く転機となります。

厩舎運営から調教師へ

馬主としてだけでなく、坂本厩舎の運営にも携わるようになり、その手腕は厩舎の繁栄に繋がりました。1958年、坂本が死去すると、多くの馬主から調教師を引き継ぐよう要請を受けます。猛勉強の末、1959年に調教師免許を取得。京都競馬場に厩舎を開業しました。実業家から調教師への転身は当時の競馬界では異例であり、映画の主人公のようだと評されたエピソードも残されています。

1000勝の偉業とリーディングトレーナー

調教師としてデビューした夏村は、初出走のレースで勝利を収めるなど、華々しいスタートを切ります。開業初年度には重賞レースである阪神牝馬特別を制覇。その後も毎年リーディング上位の成績を収め、1963年、1973年、1981年にはリーディングトレーナーに輝きました。1970年には栗東トレーニングセンターが開設されると、いち早く外厩を設立し、管理馬の調整に活用するなど、先進的な取り組みも積極的に行っていました。1982年には中央競馬通算1000勝を達成し、中央競馬史上7人目の1000勝調教師となりました。

病魔との闘いと最期

1986年、夏村は突如意識不明の状態に陥り、肝癌であることが発覚しました。しかし、家族はその事実を本人に告げず、夏村は最期まで活発に活動を続けました。1988年に再び倒れ入院生活を送るようになりますが、死の前日までも厩舎スタッフに指示を出すなど、競馬への情熱を失うことはありませんでした。1989年7月16日、京都府立医科大学付属病院で死去。7月18日、栗東トレーニングセンターで日本調教師会関西本部葬が営まれました。

数々の名馬と優秀な門下生

夏村厩舎には、九州出身の馬主が多く、夏村は彼らを喜ばせるため、小倉競馬場のレース勝利を重視していました。そのため、多くの管理馬が小倉競馬場で活躍しました。ミヤジリュウ、タイノボリ、ミツザン、ヒロダイコクなど、数々の名馬を世に送り出しました。また、松永善晴、武田悟、夏村洋一（夏村の息子）など、多くの優秀な騎手を育成したことでも知られています。

夏村辰男の生涯は、努力、挑戦、そして情熱に満ちた、まさに競馬界のレジェンドにふさわしいものでした。彼の功績は、これからも競馬界に語り継がれていくでしょう。

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