大刀豊

大刀 豊

大刀 豊（だいとう ゆたか、1914年 - 1998年）は、昭和期の日本の地方公務員です。札幌市交通局長として市営地下鉄の実現に奔走したほか、札幌副都心開発公社の社長なども務めました。その辣腕ぶりから「交通天皇」「鬼の大刀」「地下鉄生みの親」といった異名で知られ、「大刀の前に大刀なし、大刀の後に大刀なし」とも評された人物です。

生い立ちと戦中・戦後

北海道札幌市または石狩郡当別町の生まれ。実家は「大刀館」という旅館を営んでいました。札幌第二中学校（現在の札幌西高校）を卒業後、1932年に北海道帝国大学予科へ進み、1938年に同大学農学部を卒業。卒業論文のテーマは「インドネシアの植民政策」でした。

大学卒業後、満洲興業銀行に入行しますが、日中戦争勃発によりわずか８ヶ月で応召、月寒連隊に入隊します。一度兵役を終え復職するも、1945年３月に再び招集され、満州から北支戦線へ送られました。この地で３年間にわたる84回の戦闘を経験し、「人斬り大刀中隊長」として知られるようになりました。1945年８月、終戦とともにソ連軍の捕虜となり、３年間にわたるシベリアでの過酷な抑留生活を送ります。1948年に引き揚げて帰国後、当別町で郵便局長を務めていた弟の家に身を寄せながら、新たな職を探しました。

札幌市役所時代

1948年３月、札幌市役所に入庁。当初は審査係に配属され、古めかしい筆書きの例規集に戸惑うなどしましたが、総務課長（当時）の板垣武四の指導を受けながら、市内の看護婦宿舎を買収し北海道市町村会館へ改装するという実績を上げます。この功績が認められ、わずか１年で庶務課長に昇進。高田富與市長の秘書なども務めました。

清掃課長として改革に着手

1950年末、高田市長に消防長就任を勧められた際、話題を変えて清掃事業の不備を指摘したことが転機となります。翌1951年６月、清掃課長に就任し、札幌市の屎尿処理をはじめとする清掃事業の改善に乗り出しました。

当時の屎尿処理は、馬車で回収したものを野外に投棄するという杜撰なもので、さらにチップを支払う飲食店や旅館が優先され、一般家庭では汲み取り申込みに長蛇の列ができるほど滞留していました。委託業者による汲み取り量の「水増し」も横行しており、極めて非効率で不衛生な状況でした。

大刀は就任直後から改革を断行。まず、不正行為を行った清掃馬車の御者30数名の処分を巡るストライキに対応します。また、路上に排泄される馬糞対策として、布製の「受糞器」を考案。馬が排泄直前に尻尾を持ち上げる習性を利用し、紐を引くと布袋が肛門を覆う構造に改良されたこの装置は、「馬のおしめ」として全国的に報道され話題となりました。1954年５月には、市内の清掃用馬への装着を義務化する「馬糞条例」（全国初）を制定し、厳しく指導を行いました。

さらに、汲み取り作業の効率化のため、ポンプ式自動車の導入を決断。馬車を牽引していた御者に自動車免許を取得させ、大規模なストライキを乗り越えながら、３年間で馬車から自動車への転換を成し遂げます。加えて、化学消化槽を備えたし尿処理施設「北光処理場」を建設。これらの清掃事業における大胆な発想と、困難な状況を打開する強い交渉力は、後の交通局時代にもいかんなく発揮されることとなります。

交通局長として地下鉄を実現

1956年、札幌市交通局長に就任します。周辺町村との合併により乗客が急増し、老朽化した市電の輸送力増強が喫緊の課題となっていました。

大刀は1957年に「緊急三ヶ年計画」を策定し、地元工場製の新型車両を多数導入して旧型車を一新。親子電車やディーゼル車の活用も図り、早朝割引、急行運転、停留所の統廃合、婦人子供専用車両など、多様な改善策を実行しました。また、集中して混乱していた市営バス停留所を分散させるなどの対策も行います。1960年には市電の延伸案をまとめますが、用地買収の難航などから鉄北線の一部延伸にとどまりました。

市電・バスの運行状況が改善しない状況を受け、1963年からは新たな交通機関の導入計画に着手します。当初モノレールを検討しましたが、約40日間のヨーロッパ視察でパリ地下鉄などを視察した経験から、ゴムタイヤ式地下鉄の開発を決断。1964年から試験運転を開始します。この視察では、市電についても「改良次第でまだまだ力を発揮しうる」との感触を得ており、連接・連続車両の導入なども検討していました。

地下鉄建設における最大の難関は、国からの認可取得でした。当時の札幌市の人口規模では国庫補助金の対象となるか不透明で、さらに所管官庁（運輸省か建設省か）がなかなか決まらない「たらい回し」の状態でした。大蔵省幹部からの「中山峠に熊が出るが、地下鉄を走らせて熊でも乗せるつもりか」という揶揄に対し、「熊でも運賃さえ払えば乗せる」と即座に切り返したエピソードは、彼の気概を示すものとして語り継がれています。国会議員の協力も得て、最終的に地方鉄道法での建設に漕ぎつけました。

一方、市電廃止に反対する沿線住民の運動は激しさを増し、大刀のもとには脅迫状や動物の死骸が送りつけられ、家族には警察による警護が付くほどの状況となりました。しかし、1966年の札幌オリンピック開催決定が潮目となり、運動は沈静化。1967年12月には市議会で建設が正式に決定され、大刀はこの年、札幌市交通事業管理者に就任します。1968年８月に国から建設認可を受け、地下鉄工事が本格化。コンピューター制御による省力化や、ドイツ軍の列車砲輸送をヒントにした高架部の防雪シェルターなど、様々な新機軸が盛り込まれました。

そして1971年12月、札幌市営地下鉄南北線が真駒内駅-北24条駅間12.1kmで開業。ゴムタイヤ式地下鉄開発の功績が称えられ、1972年には科学技術庁長官賞、1974年には運輸大臣表彰を受賞しました。

南北線開業後も、東西線の開発に関与し、車両の大型化や自動運転（ATO）、架線集電化、全駅へのエスカレーター設置などを進めました。また、地下鉄駅周辺駐車場の整備や都心循環バス路線の開設など、関連施策も展開しました。1975年７月に札幌市役所を退職します。

その強力なリーダーシップと推進力から「交通天皇」「鬼の大刀」「地下鉄生みの親」と呼ばれ、「札幌市交通局は大刀一家」とも評されました。しかし、地下鉄事業で生じた巨額の累積赤字は経営上の課題となり、バス事業のワンマン化や路線整理による職員削減、交通局所有地売却といったリストラ策が必要となりました。また、その後の経営においては、バス路線の問題や乗継割引率、大通バスセンターの有効活用が進まなかったことなども課題として指摘されています。

晩年

市役所退職後は、札幌副都心開発公社に入り、1983年から1987年まで同公社の社長を務めました。1986年には勲四等旭日小綬章を受章。社長退任後も相談役として公社に関わったほか、藻岩山ロープウェーの整備にも携わっています。私生活では囲碁や酒を好み、家庭ではあまり仕事の話をしなかったといいます。

1998年１月10日、腎不全のため83歳で死去しました。

主な参考文献

野杁幸夫『私のなかの歴史3』北海道新聞社、1984年
北海タイムス社編『北大百年の百人 エルムの杜の頭脳群像』北海タイムス社、1976年
読売新聞北海道支社編集部編『ほっかいどう先人探訪 北の歴史を彩った53人』柏艪舎、2019年
日本地下鉄史学会「ヒューマン・ストーリー 地下鉄の発展につくした人びとNo.4 大刀豊」『SUBWAY 日本地下鉄協会報』第209号、2016年

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