大宮・村山口登山道

大宮・村山口登山道：富士山の歴史と信仰を巡る道

大宮・村山口登山道は、富士山への登山ルートの一つであり、その全ルートが静岡県富士宮市に位置しています。古くから富士山信仰の中心地として栄えた大宮と村山を起点とするこの登山道は、史跡および特別名勝（共に富士山）に指定され、富士山世界文化遺産の構成資産「富士山域」の一部を成しています。

大宮と村山：富士山信仰の拠点

大宮と村山は、古くから富士山信仰において重要な役割を果たした地域です。それぞれに登山口があり、「大宮口」と「村山口」と呼ばれ、両者を合わせて「大宮・村山口登山道」と呼ばれています。大宮の東北に村山、その北に富士山がそびえ立つ地理的な位置関係も、この登山道の歴史と信仰に深く関わっています。2012年には文化財保護法に基づき、大宮・村山口登山道全域が史跡に指定されました。また、1860年には、英国特命全権公使ラザフォード・オールコックが外国人として初めてこの登山道を利用して富士山に登頂したことで知られています。

ルートと登山道の様子：古地図から現代まで

登山ルートの詳細は、古くから伝わる『富士参詣曼荼羅図』などの絵図から推測されています。これらの絵図には、東海道や海路から富士山を目指す人々の姿が描かれ、ルートの具体的な様子が伺えます。絵図に描かれた道者たちは、まず富士山本宮浅間大社で参拝し、湧玉池で禊を行った後、東北方向にある富士山興法寺、村山浅間神社、大日堂などを経て、最終的に富士山頂を目指します。絵図には、村山から上では金剛杖を持ち、中腹以上では菅笠を被らないといった登山者の様子も細やかに描かれています。近世の記録である『東街便覧図略』（1786年）には、登山案内図が商店で販売されていたことが記されており、登山者たちが登拝前に情報を収集していた様子が分かります。また『駿河国新風土記』には、登山者向けに木綿袈裟が作られていたことが記されており、登山準備の状況も窺えます。大宮口と村山口では、金銭以外にも、例えば遠州地方からの登山者は茶などの特産物を奉納するなど、様々な奉納が行われていました。

大宮から村山：道者坊と中世の登山道

大宮には「大宮道者坊」と呼ばれる道者の宿坊が存在し、浅間大社の社人衆によって運営されていました。文献によると、享禄・天文年間（15世紀後半～16世紀前半）には30ヶ所以上の道者坊があったと伝えられています。中世には既に整備された登山道が存在し、その後統合されていったと考えられています。『寺辺明鏡集』（1608年）には、湧玉池で垢離を取り浅間大社に参拝した後、村山にある富士山興法寺で再び垢離を取り、登山に挑む様子が記されています。この記録では、村山の宿坊である大鏡坊に宿泊し、御室大日・中宮などを経て富士山頂でお鉢巡りを行う様子が描かれています。また、富士山を「茅原」「深山」「ハゲ山」の三段階に分けて記述している点も興味深いです。現在でも大宮口と村山口の間には「富士山道」の道標が残っており、当時の登山道の面影を伝えています。

村山から富士山頂：夜行登山と信仰の行場

村山からの登山は夜行登山が一般的であり、村山の宿坊、特に大鏡坊に宿泊するのが慣例でした。近世の登山記録にも大鏡坊への宿泊が繰り返し記されています。登山道に入ると「発心門」があり、そこで登山者は自らの名を札に記す風習がありました。森林限界付近の「室大日」には「等覚門」があり、休憩施設としての役割も果たしていたと考えられています。大宝院秋山家資料の『冨士嶺行所納札書様』には、村山から山頂までの重要な地点や施設、そして様々な行場が記されており、当時の信仰の様子がわかります。近世の登山記録では、馬返し、役行者の祠、御室大日堂などが記されており、夜行登山の様子が詳細に描写されています。山頂には大日如来を迎える大日堂（表大日）があり、コノシロ池の西側には大日堂跡とされる場所があります。登山道には休憩施設として「石室」が設けられており、多くの記録によると、それらの多くは大鏡坊が管理していました。三島ヶ嶽（別名: 文珠ヶ岳）からは鎌倉時代の経典など多くの出土物が見つかっており、現在富士山本宮浅間大社が所蔵しています。

西国との深い繋がり：道者帳が語る交流

大宮・村山口登山道を利用する登山者は、西国からの者が多かったとされています。特に尾張国、伊勢志摩地方からの登山者が多く、16世紀からその繋がりが見られます。道者帳によると、慶長18年（1613年）には大宮口を利用した伊勢からの登山者が280人にのぼり、当時の登山者の半分以上を占めていたとされています。伊勢の先達によって建てられた「室」も多く存在し、伊勢国からの奉納例もいくつか確認されています。嘉永元年（1848年）の村山口の道者帳によると、伊勢国からの登山者が同年同期間で最も多く、駿河国を上回っていたとされています。伊勢地方では「富士参りの歌」が歌われ、道中や登山道の地名などが歌の中に含まれている例もあります。元禄時代から近世を通して、伊勢地方からの集団登山が確認されており、この信仰は現代まで続いていることがわかります。大和国との関係も深く、大和国からの住人が「室」の建立に関わっていた記録もあります。京都・大坂では「富士垢離」という信仰行事が行われていたことも知られています。

登拝道の指定と現実：幕府の規制と実際の利用

天正・慶長期には、駿河国富士郡の有力者たちが、大宮に登山者を集中させる政策を取っていました。西国の登山者に対し、大宮を通ることを義務付ける禁制が何度も出されていますが、実際には大宮を経ずに村山へ向かう登山者も存在し、吉原宿から村山へ向かう村山道も利用されていました。幕府の取り決めとしては、大宮から村山を経て富士山頂に至るのが表ルートでしたが、実際には往路または復路で大宮を経ずに登拝する例も数多くありました。

修験者と登拝道：富士峯修行と祈祷

村山口登山道は、村山修験者が「富士峯修行」を行うための道でもありました。富士峯修行は、各行場で修行を行いながら富士山頂まで登拝し、下山後富士山南麓を巡り、村山に帰山する修行です。また、村山口登山道は祈祷の場としても利用され、年中行事として6月吉日の「御公儀御代参」が行われていました。この際は、池西坊が下修験の修験者を引き連れ御室大日堂まで登山し、幕府に対する祈祷を行いました。

村山口の合目：中世から近世への変化

富士山の登山道は「合目」という区画で区分されていますが、それは古くから存在していました。現在は十合ですが、中世以前の村山口では八合であったとされています。中世の村山修験では八層の階層で考えられていましたが、近世になると十合の階層観が一般化していきました。

富士山とかぐや姫：伝承と縁起

大宮・村山口登山道周辺には、富士山とかぐや姫を結びつける伝承が残っています。富士山南麓の寺社には、かぐや姫の物語を含む富士山縁起が伝えられており、村山の往生寺や末代上人が登場する古い縁起は、村山修験の中で伝えられたものと考えられています。これらの縁起では、かぐや姫が中宮（八幡堂）で翁と別れ、帝が冠を落とした冠石が登場します。富士宮市や富士市は、かぐや姫の物語の舞台となった地域です。

村山口の衰退と復活：明治以降の変遷

明治時代の廃仏毀釈により、登山者は大きく減少しました。1906年には新大宮口が開かれ、村山口はほとんど使用されなくなりました。昭和に入ると、バス路線の整備により、麓からバスで気軽に登れるようになり、村山口登山道は廃れていきました。しかし、富士山の世界遺産登録を機に、麓からの徒歩登山道の復活の動きが高まり、2005年に村山口登山道も一部ルート変更の上、完全復旧しました。

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