大山道

大山道：関東各地から信仰を集めた霊峰への古道

大山道とは、江戸時代、関東各地から神奈川県にある大山（雨降山とも呼ばれる）の山頂にある阿夫利神社（石尊権現社、大山寺本宮）および中腹にある阿夫利神社下社（大山寺不動堂、旧大山寺）へと続く参詣道の総称です。大山街道とも呼ばれ、多くの参詣者によって踏み固められ、歴史と信仰の足跡を刻んできました。

大山信仰と大山講：農民の祈りと巡礼

大山は古くから雨乞いに霊験があるとされ、農民たちの篤い信仰を集めていました。五穀豊穣や雨乞いを祈願し、日照りや飢饉に見舞われると多くの農民が大山を目指しました。江戸時代には、関東各地で大山講が組織され、春山（4月5日～20日）と夏山（7月27日～8月17日）の期間を中心に、大勢の人々が集団で参拝しました。特に夏山祭りの初日には、江戸日本橋小伝馬町の大山講「お花講」の人々が、大山頂上の中門を開くという伝統がありました。

参詣者は白い行衣に雨具、菅笠、手甲、脚絆を身につけ、腰に鈴をつけ、「六根清浄」の念仏を唱えながら、5～6人、時には20～30人の集団で大山を目指しました。盆暮れの借金の回収時期に大山参りをすれば、借金の猶予が得られるという俗信もあったと言われています。宝暦年間には、年間約20万人の参詣者があったと推定されています。

大山道の成立：放射状に広がる信仰のネットワーク

各地から大山へ向かう道は「大山道」と呼ばれ、道標にもその名が刻まれています。伊勢原市教育委員会の調査では、107基の道標が確認され、その中には「大山」、「大山道」の文字が刻まれたものが39基ありました。道標の石材には七沢石の一種である日向石が多く用いられ、一部には伊豆石も使用されていました。

大山道は、大山を中心に放射状に広がり、関東各地の道が大山へとつながる状況でした。『相模大山街道』によると、大山道は江戸、甲州、武蔵方面からの道などに分類できます。主要な経路として、東海道方面からの「田村通り大山道」があり、藤沢四ツ谷から相模川の田村の渡しを利用しました。江戸からの経路では「矢倉沢往還」が代表的で、江戸城の赤坂御門から箱根の北にある矢倉沢の関所を経由しました。「往還」とは街道を意味します。その他、多くの経路が開かれ、道沿いや渡船場には宿場町が栄えました。大山参りは、信仰と同時に一種のレジャーでもあり、古典落語「大山詣り」にもその様子が描かれています。

海上からの参詣もあり、横浜市金沢区から房総半島への航路も主要な経路でした。富士山への参詣者も大山道の一部を通ったため、「ふじ大山道」という名称も残っています。富士山参詣者は必ず大山にも参拝するのが通例だったようです。

大山道の衰退：近代化と交通手段の変化

明治時代以降、鉄道が開通すると、大山参詣の交通手段は大きく変わり、大山道は徐々に衰退していきました。道自体が消滅する部分も現れ、現在「大山街道」と呼ばれているのは矢倉沢往還などごくわずかで、それも地元で用いられる別称程度です。

主な大山道：多様なルートと歴史

主要な大山道として、青山通り大山道、府中通り大山道、八王子通り大山道、柏尾通り大山道、田村通り大山道、羽尾通り大山道、六本松通り大山道、蓑毛通り大山道など8つの道があります。これらの経路は時代によって変化し、必ずしも一定ではありませんでした。以下、代表的な大山道の経路と特徴を簡単に示します。

田村通り大山道：最も主要な経路で、藤沢四ツ谷から大山へ至る道。東海道と藤沢宿と接続し、賑わいをみせました。

矢倉沢往還：江戸から大山への代表的な経路。江戸時代には大山講が盛んになり、重要な道となりました。現在も国道246号線として機能しています。

青山通り大山道：矢倉沢往還の別名で、江戸からの参詣道として利用されました。

柏尾通り大山道：横浜市戸塚区から大山へ向かう経路。明治5年には講衆同士の喧嘩「戸塚の血の雨」と呼ばれる事件も起こりました。

八王子通り大山道：埼玉県熊谷市から八王子市を経て大山へ向かう経路。武蔵国と相模国の境界にある両国橋では、参詣者が清流で身を清めたと言われています。

府中通り大山道：埼玉県春日部市から府中市を経て大山へ向かう経路。徳川家康の遺骸を日光へ移送する際に整備された道の一部を含んでいます。

ふじ大山道：富士山への参詣者も通ったため「ふじ大山道」と呼ばれ、明治期には「富士街道」と呼ばれるようになりました。

その他にも、武蔵秩父日高・飯能道、武蔵秩父大宮道、津久井大山道、甲州[[街道]]浅川口大山道、甲州から大山への道、中原豊田通り大山道、粕屋通り大山道、矢崎通り大山道、伊勢原通り大山道、六本松通り大山道、羽根尾通り大山道、二ノ宮通り大山道、蓑毛通り大山道など、多くの経路が存在しました。それぞれに歴史と特色があり、当時の社会状況や交通事情を反映しています。

これらの大山道は、現代では一部が消滅したり、別の道路に置き換えられたりしていますが、その歴史的・文化的価値は高く評価されており、現在も一部区間は散策路として整備されています。大山道は、単なる交通路ではなく、人々の信仰と交流、そして歴史を伝える貴重な遺産と言えるでしょう。

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