大撤退

大撤退：第一次世界大戦におけるロシア軍の戦略的撤退

第一次世界大戦中の1915年、ロシア帝国陸軍はポーランドの突出部から戦略的な撤退（大撤退）を行いました。この撤退は、中央同盟国の夏の攻勢によってロシア軍が甚大な損害を被った結果、戦線を縮小し包囲を回避するために実施されました。しかし、撤退自体は適切に行われたものの、ロシア軍の士気は著しく低下しました。

背景

中央同盟国は戦力増強を進め、ドイツは新たに4つの軍を編成しました。一方、ロシア軍は増強のための官僚機構が脆弱で、戦力を着実に消耗しており、特に将校の損耗は深刻でした。中央同盟国が13個軍を有するのに対し、ロシアは9個軍しかなく、東部戦線での軍事バランスは中央同盟国側に大きく傾いていました。

ドイツ軍のファルケンハインはヒンデンブルクとルーデンドルフに東部戦線での攻勢を求めましたが、包囲攻撃を好むルーデンドルフとオーストリア＝ハンガリー帝国のコンラートは、ロシア軍の最高司令部（スタフカ）が包囲を警戒していたため、ファルケンハインは中央同盟国の補給能力の限界を理由に包囲作戦を拒否しました。ポーランドの軍集団の司令官は、ポーランドの突出部からの撤退をスタフカに働きかけましたが、政治的影響を懸念したスタフカは大規模な撤退を許可せず、部分的な撤退さえ認めませんでした。これにより、ロシア軍は戦術的に不利な防御線を守ることを強いられました。

攻勢

1915年5月から7月にかけてのゴルリッツ＝タルヌフ攻勢により、ロシア軍の戦線は崩壊しました。ドイツ軍はサン川を渡り、プシェムィシルを奪還し、ロシア軍はリヴォフから撤退しました。スタフカはポーランド南部の突出部からの撤退を計画し、ヴィスワ川沿いに新たな防衛線を構築しようとしました。しかし、ドイツ軍がドニエストル川を渡って橋頭堡を確保しようとした際に、ロシア軍の反撃によって攻勢は停止しました。

スタフカがさらに懸念したのは、ドイツ第10軍とネマン軍が東部戦線の北端から圧力をかけてくることでした。ロシアはこの地域の防御を強化したものの、ドイツ軍の補給能力を過大評価し、さらなる侵攻を恐れました。また、ドイツ海軍を過大評価したため、プスコフからペトログラード方面への攻勢時にペトログラードへの強襲上陸も考慮していました。

ゴルリッツ＝タルヌフ攻勢によって、ロシア軍は100万の兵力のうち約30％の損害を受け、180万人の戦力では不十分な状態でポーランド突出部にさらされていました。ロシア軍は、大砲、機関銃、ライフルなどの近代的な兵器やあらゆる種類の弾薬が致命的に不足していました。

イギリスの軍需大臣デビッド・ロイド・ジョージは、この状況を「ロシア軍の劣った装備と物資の欠乏についてはお答えできない。撤退こそが全軍の崩壊を防ぐための唯一の道である」と述べました。

当時、イヴァンゴロド、グロドノ、ドヴィンスク、オソヴィエツなどの時代遅れの要塞には、大砲が備え付けられており、最新の大砲も保有していました。これらの要塞を活用することで、消耗した歩兵部隊を再編成し、イヴァンゴロド-ルブリン-ヘウムの間に新たな戦線を形成するチャンスがありました。

7月13日、全戦線で中央同盟国の新たな攻勢が始まりました。北部では、ガルビッツの軍が甚大な損害を受けながらも後退できず、ドイツ軍はラトビアとリトアニアへ進軍しました。グロドノの要塞はスタフカの予想よりも早く占領されました。さらに、南部でオーストリア＝ハンガリー軍の攻勢が始まった時、スタフカはポーランドの突出部が包囲されると判断し、ナレフ川とヴィスワ川の線上の防御を放棄し、即座に撤退を命じました。

撤退

7月13日までに、全南翼は160km押し戻され、ブク川まで退却しました。ロシア領内のポーランド議会も放棄し、ワルシャワとイヴァンゴロドの要塞に陣取りました。7月22日には中央同盟国がヴィスワ川を渡り、8月にはロシア第4軍がイヴァンゴロドの要塞を放棄しました。ロシア軍の撤退によりワルシャワは孤立し、ドイツ軍が8月4日と5日にワルシャワを占領しました。

さらに、ドイツ軍が東プロイセンから南へ進軍し、ロシアの前線は崩壊しました。前線の北端が崩壊した結果、開戦前の東プロイセンとロシアの国境ラインまで押し戻されました。ドイツ軍はブレスト＝リトフスクを占領し、ヒンデンブルクの軍がヴィルニュスを占領しました。

結果

ロシア軍は飢餓が蔓延し、戦傷や病気の流行で戦力が大幅に減少しましたが、9月後半の反撃により、ドイツ軍の前進は停止しました。新たな前線はバルト海からルーマニア国境まで形成され、リガ、イェーカブピルス、ダウガフピルス、バラーナヴィチ、ピンスク、ドゥブノ、テルノーピリなどの都市が含まれていました。前線にはベラルーシの森とピンスクの湿地帯が含まれていました。

中央同盟国の夏の攻勢で多大な損害を出し、撤退命令が遅れた責任を問うため、ニコライ2世は1915年8月21日にニコライ・ニコラエヴィチを更迭し、自身が全軍の指揮を執ることを決めました。

ロシア軍は撤退時に、撤退地域を破壊するよう命じました。ロシアは各都市でのドイツ人虐殺を計画し、各地でユダヤ人の虐殺や国外追放を行いました。ロシアの軍事指導者は、ムスリム、ドイツ人、ポーランド人を裏切り者やスパイとみなし、ユダヤ人を政治的に信用できないと考えていました。これらの残虐行為は、ツァーリの民族同一化政策の一環でした。

参考文献

Johnson, Douglas Wilson (1916). "The Great Russian Retreat". Geographical Review. American Geographical Society. 1 (2): 85–109.
Norman Stone, The Eastern Front 1914-17 (London, 1975) pp. 165–193
Stanley Washburn. Victory in defeat; the agony of Warsaw and the Russian retreat
Stanley Washburn. The Russian campaign, April to August, 1915

関連事項

* ゴルリッツ＝タルヌフ攻勢

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