大湯間歇泉

熱海 大湯間歇泉の歴史と変遷

静岡県熱海市上宿町に位置する大湯間歇泉（おおゆかんけつせん）は、かつて熱海温泉の象徴であり、その中心的な源泉でした。単に「大湯」とも呼ばれ、古くから人々を惹きつけてきました。少し坂を登った場所には、この間歇泉に関連する湯前神社が鎮座しています。現代では、自然の噴出力は失われましたが、往時の姿を伝えるために人工的な噴出が行われています。

古代から中世にかけて

『伊豆風土記』（713年）には、海岸から熱湯が湧き出し、魚が棲めない様子が記されており、これが大湯間歇泉を指すとされています。また、熱海温泉の開湯にまつわる伝説として、奈良時代（749年）に箱根の万巻上人が登場します。海中の熱湯に苦しむ漁民のため、祈願によって泉脈を山里の大湯に移し、病を癒やし来世の幸せをもたらすと説いて、湯前権現（現在の湯前神社）を創建したと伝えられています。鎌倉時代には、三代将軍源実朝が「二所詣」の途中で熱海に立ち寄り、「都より 巽にあたり 出湯あり 名は吾妻路の 熱海といふ」という和歌を残したとされ、湯前神社にはその歌碑が建立されています。

近世における繁栄

戦国時代を経て、近世に入ると大湯はさらにその名を高めます。文禄2年（1593年）には関白豊臣秀次が湯治に訪れ、医道家の曲直瀬道三も往診した記録があります。徳川家康も慶長7年（1602年）に湯治に訪れて以来、度々熱海を訪れ、息子たちを伴うこともありました。特に江戸幕府が開かれてからは、大湯は徳川将軍家にとって特別な存在となります。三代将軍家光は現在熱海市役所がある場所に湯治用の「御殿」を築き、四代家綱以降は、大湯の湯を江戸城まで運ばせる「御汲湯」が制度化されました。当初は人夫が担ぎ、後に船で運ばれたこの湯は、八代吉宗の時代には8年間で3643個もの湯桶が届けられるほど愛用されました。この故事にちなみ、現在も湯前神社の例大祭で「湯汲み道中パレード」が行われています。

江戸時代、幕府直轄地となった熱海村では、大湯周辺に引湯権を持つ27軒の「湯戸」と呼ばれる特権的な温泉宿が軒を連ね、湯治場として発展しました。湯戸は将軍献湯を担う名士でもあり、温泉場全体に強い影響力を持ち、他の宿の営業を制限するほどでした。大名や旗本の本陣・脇本陣も置かれ、ある宿の記録には200年余りの間に65名の城主が宿泊したとあります。多くの紀行文にも記され、熱海温泉（大湯）は温泉番付で行司役を務めるほどの高い格付けを得ました。

幕末には、安政6年（1860年）に来日した初代英国公使ラザフォード・オールコックが富士登山後に熱海を訪れています。しかし、彼の愛犬トビーが大湯間歇泉で火傷を負い死んでしまう悲劇が起こりました。村人が手厚く葬ったこの出来事はオールコックの著書にも記され、現在も大湯間歇泉のそばに彼の記念レリーフとトビーの墓が残されています。また、第二代フランス公使レオン・ロッシュも度々熱海を訪れ、温泉療養で健康を回復したと伝えています。

近代の変容

明治時代に入り、湯戸による支配体制が崩壊すると、それまで内湯を制限されていた他の源泉周辺で旅館による温泉掘削が活発化します。江戸時代の7つから、明治10年代には源泉数が26に増加しました。この「乱開発」に対し、静岡県は明治17年（1884年）に日本初の源泉取締規則を制定しましたが、その後の鉄道開通や日露戦争による傷病兵療養指定などによって温泉客が急増し、開発の勢いは止まりませんでした。

その結果、大湯間歇泉の噴出回数と湧出量が顕著に減少し始めます。江戸時代に一日8回噴出していた大湯は、明治17年には一日6回に減り、明治38年（1905年）には一日数回数分間にまで衰え、明治44年（1911年）には一日2回3分間、湧出量は最盛期の半分以下となりました。県は新規源泉の埋め立てや開発の許可制導入などの対策を講じましたが、大湯の相対的な地位低下は続きました。

大正10年（1921年）頃から再び噴出が減衰し紛争となります。県が介入し、他の源泉の湧出を大幅に制限しても、大湯は一日1回100石程度の回復にとどまりました。大正12年（1923年）の関東大震災では一時的に湧出量が増加しましたが、すぐに不安定な状況となり、町主導で「町有温泉」への移行が模索され始めます。

そして、大正14年（1925年）に国鉄熱海線が開通した頃、大湯間歇泉はついに枯渇してしまいます。県による復活工事も失敗し、遺跡としての保存が決定されました。この未曽有の事態を受け、温泉関係者は熱海温泉組合を結成しました。震災からの復興が遅れ、財政も悪化する中で調整は難航しましたが、昭和6年（1931年）には「町有温泉」の整備が決定され、主要源泉の取得と開発が進められました。昭和11年（1936年）にはそれが確立し、翌年の市制施行に伴い「市有温泉」として管理されることとなりました。

文化財としての保存

昭和37年（1962年）、大湯間歇泉は文化財として保存されることになり、往時の姿を再現するための工事が行われました。現在は午前8時から午後7時までの間、4分ごとに3分間、人工的に温泉が噴き出すように設定されています。周辺は整備が進み、明治初期に日本初の市外電話（東京～熱海間）が開通したことを記念する電話ボックスや、オールコックの記念レリーフなどが設置されています。令和元年（2019年）には、江戸時代の温泉案内図「熱海温泉図彙」を参考に、松や格子状の木柵が配置され、当時の雰囲気が再現されました。大湯間歇泉は、自然の驚異と熱海の歴史、そして温泉文化の変遷を今に伝える貴重な存在です。

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