大野洒竹

大野洒竹：医学と俳諧の両道を歩んだ明治期の碩学

大野洒竹（おおのしゃちく、1872年12月19日-1913年10月12日）は、明治時代の俳人にして医師という、稀有な経歴を持つ人物です。熊本県に生まれ、本名は豊太。東京帝国大学医学部を卒業後、大野病院を開業し、医師としての道を歩み始めました。しかし、彼の活動は医学のみに留まりません。熱心な俳諧研究家として、その名を後世に残す業績を残したのです。

洒竹は、医学の傍ら俳諧の世界に深く関与しました。明治27年（1894年）、佐々醒雪、笹川臨風らとともに筑波会を結成。翌年には、尾崎紅葉、巖谷小波、森無黄、角田竹冷といった錚々たるメンバーと共に、正岡子規ら新派俳句の中核を担う秋声会の創設にも参加しています。さらに、明治30年（1897年）には、森鷗外に先駆けてゲーテ『ファウスト』の部分訳を公表するなど、多岐にわたる才能を発揮しました。

彼の俳諧への情熱は並々ならぬものでした。古俳諧の研究に没頭し、古俳書の収集にも熱心に取り組み、「天下の俳書の七分は我が手に帰せり」と豪語したと伝えられています。その膨大なコレクションは約4000冊にも及び、現在、東京大学総合図書館に所蔵されています。このコレクションは、角田竹冷の蔵書と合わせて「洒竹・竹冷文庫」として、高く評価されており、「柿衞文庫」、「綿屋文庫」と並ぶ三大俳諧コレクションの一つに数えられています。これらの貴重な資料は、後世の俳諧研究に多大な貢献を果たしています。

洒竹の活動は、編纂・出版活動にも及んでいます。代表的な著作には、『俳家系譜』『鬼貫全集』『与謝蕪村』『芭蕉以前俳諧集』『許六全集』『元禄名家句集』『蕪村暁台全集』『素堂鬼貫全集』『俳諧珍本集』『芭蕉句選年考』などがあります。これらは、今日でも俳諧研究の重要な資料として活用されています。彼の活動は、単なる収集や研究にとどまらず、積極的に成果を世に問う姿勢を示すものでした。

私生活においては、岸田吟香の娘（岸田劉生の姉）を妻に迎えました。また、叔母に俳人・横井玉子、従兄に俳人・戸川秋骨を、そして長姉は寺尾寿夫人、次姉は中島力造夫人といった、文化人や社会的に成功した人物と親族関係にあったことも興味深い点です。

なお、彼の号である「洒竹」は「酒竹」と誤記されやすいという逸話も残っています。戦前の俳諧関連書籍においても、この誤記が見られるようです。

大野洒竹は、医学と俳諧という一見異なる分野で卓越した才能を発揮した稀有な人物でした。彼の残した業績は、医学のみならず、日本の俳諧史においても重要な位置を占めており、その功績は現在も高く評価されています。彼の墓所は、青山霊園にあります。

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