大陸の花嫁

「大陸の花嫁」とは、満洲国建国期に日本の国策として推進された満洲移民政策において、日本人男性との結婚を機に満洲へ渡った女性たちのことを指します。この言葉は、当時のメディアによって広く用いられ、開拓移民の妻としての役割を担う女性たちを象徴する言葉となりました。

花嫁送出の背景

満洲国建国後、日本からの移民が本格化すると、入植した男性たちの間で配偶者不足が深刻な問題となりました。この状況を打開するため、日本政府は「満蒙開拓移民に配偶者を送ることは移民政策の成否を占う」という認識のもと、花嫁の送出事業を推進しました。1934年に最初の「大陸の花嫁」が渡満しましたが、花嫁送出が国策として本格化したのは、1936年の『二十カ年百万戸送出計画』策定以降です。1938年からは、花嫁の養成教育も本格化し、終戦直前まで続けられました。

花嫁となる女性たちは、拓務省の助成により、各府県が開催する講習会や訓練所で、農村の女性を中心に花嫁としての教育を受けました。当時のメディアは、「純朴でつつましく、けなげで意志が強くて働き者」というイメージを喧伝し、国策に協力しました。花嫁たちは、家庭の事情、社会的使命感、あるいはメディアによる憧憬心や好奇心から、募集に応じたとされています。

開拓団での生活と終戦

開拓団に入植した女性たちは、開拓地で関東軍の兵站を支えるなど、日本の侵略政策の一端を担いました。しかし、戦争末期になると、男性たちは召集され、女性たちが中心となって開拓地の運営を担うことになりました。終戦を迎えると、開拓地に残された女性たちは、自力で過酷な帰国を強いられ、中には集団自決をする開拓団も存在しました。また、帰国途上で強盗や強姦に遭ったり、帰国を諦めて中国残留婦人となった人も少なくありませんでした。

花嫁の養成

満洲移民事業と花嫁

1932年の満洲国建国後、入植した男性の多くが未婚であったため、配偶者の確保が急務となりました。1933年には花嫁募集のポスターが作成され、1934年には最初の花嫁が入植しました。1936年に満洲移民が国策となると、花嫁の需要はさらに高まり、拓務省が花嫁送出を推進するようになりました。花嫁は単に送り出されるだけでなく、満洲の気候風土や生活に関する教育も施されるようになりました。

女子拓殖事業

1938年からは、義勇隊開拓団の送出に伴い、花嫁の需要がさらに増加しました。1939年には『花嫁百万人大陸送出計画』が策定され、花嫁の育成が国家的な課題となりました。国は、花嫁の募集・訓練・斡旋・送出を「女子拓殖事業」と呼びました。しかし、実際に花嫁として渡満する女性は少なく、1937年から1940年までに講習会を受講した者のうち、大陸の花嫁となったのは全体の10.1%に過ぎませんでした。

女子拓殖指導者

花嫁養成を担ったのは女子拓殖指導者です。指導者養成講習会は、1938年に茨城県で初めて開催されました。指導者には、講習会を行う指導者と、斡旋を行う指導者の2種類があり、それぞれに必要な知識や心得を習得させました。

女子拓殖講習会

女子拓殖講習会は、未婚女性を対象に、満洲移民事業に対する意識啓発と涵養を目的として行われました。1936年に宮城県で初めて実施され、その後全国各地に広がりました。講習会では、精神訓話と合わせてイデオロギー形成が意図されていました。

開拓女塾

開拓女塾は、現地での訓練を行う目的で開拓団に設置されました。1940年に最初の塾が開設され、終戦時には16箇所に置かれていました。塾生は、女学校出身者が多く、開拓団の雑用を手伝いながら、花嫁としての準備をしました。

女子拓務訓練所

大東亜省は、女子拓殖訓練の道場として、全国の都府県に女子拓務訓練所の設置を奨励しました。訓練所では、生活訓練や開拓民としての訓練が行われ、修了生の多くが大陸の花嫁となりました。

修練農場

農林省管轄の修練農場でも、講習会や訓練所と同様の訓練が実施されました。修練農場では、開拓地での共同生活の心構えを養い、開拓2世を日本人として育てるための教育が行われました。

結婚の斡旋を行った団体

女子拓殖同志会、配偶者斡旋協議会、大日本連合女子青年団などが花嫁の斡旋を行いました。斡旋対象は、内地だけでなく、開拓団員の家族や教員、看護婦、満洲建設女子勤労奉仕隊の女性も含まれていました。

メディアによる喧伝

「大陸の花嫁」というキーワードを用いてイメージ戦略を行ったのが各種メディアです。移民を推進する機関誌、婦人雑誌、文芸作品、映画、歌謡曲などが、大陸の花嫁を美化し、若い女性の感情移入を促しました。ニュース映画は、大陸の花嫁の合同結婚式や開拓地の様子を伝え、女性の愛国心や使命感を煽りました。

大陸の花嫁になった動機

大陸の花嫁となった女性たちは、政府の宣伝を信じて満洲で夫を助け、国家に尽くすことを志願した者もいましたが、多くは貧困や個人的な境遇により、やむを得ず満洲へ渡った女性たちでした。経済的な理由、愛国心、満洲への憧憬心、縁故など、様々な要因が複雑に絡み合い、大陸の花嫁となる決断に至ったと考えられています。

開拓団の女性

開拓地での生活

満洲への入植は、未利用土地開発を謳いながら、実際には現地人の耕作地を強制的に買収するものでした。開拓団は、中国人に対して差別的な態度を取り、蛮行を行うこともありました。そのため、現地民の中には武装化して開拓団を襲撃する者も現れました。

戦況の悪化

戦況が悪化すると、関東軍の主力が南方へ転戦し、ソ連国境の兵員が不足しました。そのため、開拓団の男性が召集され、開拓団は女性や子供、老人ばかりとなりました。女性たちは、開拓団の運営だけでなく、小銃を持っての歩哨まで担うようになりました。1945年、ソ連軍が満洲に侵攻すると、開拓団は軍に見捨てられ、自力での逃避行を強いられました。

引き揚げ

過酷な逃避行の中で、多くの開拓団員が命を落としました。集団自決をした開拓団も多く、子供の犠牲者も多数に上りました。栄養失調や発疹チフスで亡くなる者も少なくありませんでした。1946年5月から引き揚げが始まりましたが、多くの開拓団が全滅、あるいは大きな被害を出していました。帰国後も、元開拓民は住む家も耕す畑もなく、苦難の日々を送りました。

性被害

逃避行中や収容所で、多くの女性がソ連兵や中国人からの性暴行を受けました。日本政府は、帰国した女性に対して性病と混血児を根絶するために水際作戦を行い、被害に遭った女性を隔離し、堕胎手術を行うこともありました。

残留婦人

生き残るために、中国人と結婚し、中国に留まった女性もいました。彼女たちは残留婦人と呼ばれ、貧しい農家や苦力に嫁いだケースが多く、悲惨な状況に置かれた女性も少なくありませんでした。現在でも、残留婦人の全容は明らかになっておらず、日本政府の対応も十分とは言えません。

大陸の花嫁となった著名人

井筒紀久枝（俳人）
西﨑キク（女性パイロット）

大陸の花嫁に関連する作品

戦中

文学：『大陸の花嫁』、『拓士の妻』など
映画：『大陸の花嫁』、『開拓の花嫁』など
歌謡曲：『花嫁部隊の唄』、『大陸の花嫁』など
落語・漫才：『大陸の花嫁』、『大陸の花婿』など

戦後

ノンフィクション本：『麻山の夕日に心あらば』、『祖国よ-「中国残留婦人」の半世紀』など
ドキュメンタリー：『花の夢 -ある中国残留婦人-』、『満州へ花嫁を送れ女子拓務訓練所』など
* ドラマ：『開拓者たち』、『強行帰国-忘れ去られた花嫁たち-』など

脚注・出典・参考文献

参考文献リストと、詳細な出典については、原文の脚注・出典・参考文献を参照ください。

この文章は、「大陸の花嫁」という言葉が持つ歴史的な背景と、彼女たちが辿った過酷な運命について、深く理解する一助となることを願っています。

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