天下太平記

1928年、時代を彩ったサイレント時代劇『天下太平記』

1928年（昭和3年）、日本の映画界に新たな歴史が刻まれました。この年6月15日、片岡千恵蔵プロダクション設立第一作にして、若き稲垣浩監督のデビュー作であるサイレント映画『天下太平記』が全国公開されたのです。

本作は、伊丹万作によるオリジナル脚本に基づいた時代劇作品。マキノ・プロダクションを退社したばかりの片岡千恵蔵が、同年5月10日に設立した自身のプロダクションが満を持して送り出した、意欲的な作品でした。製作にあたっては、同じくマキノ・プロダクションを退社した河合広始と田中十三が設立したレンタルスタジオ、日本キネマ撮影所が使用されています。撮影は5月16日に開始、わずか1ヶ月足らずで完成という、当時の映画製作の活況を物語るスピード感も印象的です。

配給は、日本活動常設館々主聯盟映画配給という、全国150館の独立系映画館主からなる連合が担いました。この連合が製作資金も提供していたという事実は、本作が当時の映画界において、いかに多くの期待を集めていたかを物語る重要な事実です。

『天下太平記』は、94分（10巻／2,593メートル）の長編作品で、白黒、サイレント、スタンダードサイズ（1.37:1）という当時の一般的なフォーマットで作られました。初回興行は、大阪の稲荷町・桜川キネマで行われました。

キャストには、主演の片岡千恵蔵をはじめ、武井龍三、林誠之助、市川小文治、香川遼、衣笠淳子、奈和葛江、松原敬二郎、時岡八千代、成松和一など、当時を代表する名優たちが名を連ねています。豪華な布陣によって、作品に深みと魅力が加えられたことは間違いありません。

注目すべきは、この『天下太平記』が、後に伊丹万作監督自身の手によってセルフリメイクされている点です。1935年（昭和10年）5月30日に公開されたトーキー映画『戦国奇譚 気まぐれ冠者』が、そのリメイク作品にあたります。サイレント映画からトーキー映画への移行期という、映画史の大きな転換期において、本作が大きな役割を果たしたことが分かります。

しかしながら、現代において『天下太平記』を鑑賞することは、残念ながら不可能です。東京国立近代美術館フィルムセンター、マツダ映画社、大阪藝術大学の玩具映画プロジェクトといった機関においても、上映用プリントは現存していません。フィルム断片すらも残っていない可能性も高いのです。

歴史的価値の高い作品でありながら、その姿を現代に伝えることができないという事実は、映画史研究者や愛好家にとって大きな損失と言えるでしょう。残された資料や記録から、その魅力を少しでも想像し、当時の映画界の活気と、本作が果たした役割を偲ぶしかありません。この貴重な作品が、将来、何らかの形で再び日の目を見ることを願わずにはいられません。

監督：稲垣浩
原作・脚本：伊丹万作
撮影：石本秀雄
製作：片岡千恵蔵プロダクション

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