天野宗歩

天野宗歩（あまの そうほ）

天野宗歩は、江戸時代末期に活躍した伝説的な将棋指しです。その名前の読みは正確には不明ですが、一般的には「そうほ」または「そうふ」と呼ばれています。1816年に生まれ、1859年に44歳で亡くなりました。旧字表記では「天野宗步」と記されます。

生涯

天野宗歩は、11代将軍徳川家斉から14代将軍徳川家茂の時代にかけて活躍しました。当時、将棋界は家元制度が敷かれており、大橋家、伊藤家といった特定の家系出身者しか名人になれませんでした。天野宗歩はこれらの家系の出身ではなかったため、その実力は「十三段」とも評されながらも、公式には七段までしか昇段できませんでした。

しかし、彼の卓越した実力は後世に高く評価され、十三世名人関根金次郎によって「棋聖」の称号が公式に認められました。この「棋聖」の称号が、現代の将棋タイトルの一つである「棋聖戦」の由来となっています。

天野宗歩は、武蔵国（現在の東京都、埼玉県の一部）の出身で、幼名を留次郎といいました。5歳で大橋宗桂（11代）の門下に入り、幼少の頃から「菊坂の神童」と呼ばれていました。1822年には、加藤看意との対局が記録に残る最古の棋譜とされています。

1825年に初段となった後、14歳で二段、15歳で三段、17歳で四段と順調に昇段を重ねました。1834年には五段に昇段し、上方（関西地方）へ旅立ち、大橋柳雪との対戦記録も残っています。その後、江戸に戻ることもありましたが、1843年には京都で妻帯し、1845年には江戸に戻り富次郎と改名しました。

1846年に六段に昇段し、七段を許されると、1850年には妻のために墓碑を建立しました。1852年には別家を許され、剃髪して宗歩と名乗り、御城将棋に出仕を許されます。1853年には、定跡書『将棋精選』を刊行しました。その後も奥州、越後を旅するなど精力的な活動を続けましたが、1859年に44歳でこの世を去りました。

晩年の天野宗歩は、その実力は衰えなかったものの、素行が悪く、酒色に溺れ、賭け将棋にも手を染めていたとされています。公式には病死とされていますが、実際の死因は不明です。墓所は東京巣鴨の本妙寺にあります。

将棋の棋風と影響

天野宗歩の棋譜は数多く残されており、その多くが駒落ちでの対局です。彼の圧倒的な実力を物語っています。

彼の棋譜からは、現代の棋士にも通じるような、隙あらば動く序盤のスピード感覚や、中原囲いに似た囲いの使用が見られ、その実力は現代のプロ棋士にも引けを取らないと言われています。羽生善治も天野宗歩を「今の目で見たらすごいスピード感溢れる将棋を指している」と高く評価しています。

特に、彼の角の使い方は卓越しており、安政3年の対伊藤宗印戦での▲1八角は、将棋史上に残る名手として有名です。

また、彼の残した定跡書『将棋精選』や実戦集『将棋手鑑』は、当時の将棋界に大きな影響を与えました。将棋の駒の書体にも「宗歩好（そうほごのみ）」と名付けられたものが存在しています。

門下生と後世への影響

天野宗歩は、大橋宗桂の弟子でありながら、御三家とは独立して活動し、多くの門下生を育てました。特に、市川太郎松、渡瀬荘次郎、小林東四郎、平居寅吉の四人は「天野宗歩四天王」と呼ばれ、いずれも強豪として知られています。中でも市川太郎松は一番弟子であり、「将棋太平記」の主人公としても有名です。

天野宗歩の教えは、孫弟子にあたる井上義雄や坂田三吉にも受け継がれ、その影響は現代の将棋界にも及んでいます。小野五平も天野宗歩の指導を受けていた時期があり、「天野宗歩門下」と自称していました。

天野宗歩を題材とした作品

天野宗歩は、その伝説的な生涯から、多くの小説やドラマの題材にもなっています。

村松梢風「将棋指し太郎松」
倉島竹二郎「将棋太平記」
菅谷北斗星「行燈の太郎松」
菅谷北斗星「道中盲目将棋」
菊池寛「石本検校」
斎藤栄『小説・天野宗歩』
新井政彦『時空棋士』
仲村燈『桎梏の雪』
* テレビドラマ『銭形平次』

これらの作品を通して、天野宗歩の魅力は現代にも伝えられています。

天野宗歩は、その卓越した才能と破天荒な生き様で、将棋界に名を刻んだ偉大な棋士です。彼の残した功績は、今もなお将棋ファンに愛され続けています。

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