太一

太一（たいいつ）

太一（たいいつ、拼音: tàiyī）は、古代中国の思想において極めて重要な位置を占める概念です。その意味するところは多岐にわたり、宇宙の始まりや根源、あるいは天空の中心にある星、そしてそれらを神格化した存在を指します。表記としては大一（たいいつ）、泰一（たいいつ）、太乙（たいいつ）とも書かれます。

宇宙の根源としての太一

この概念は、戦国時代の思想家たち、特に道家の宇宙論において重要な位置を占めました。太一は、宇宙全体の根源であり、また森羅万象を統治する存在として捉えられました。これらの側面は対立するものではなく、宇宙の始まりにして現在の全体を包含するものとして理解されています。

例えば、『荘子』の「天下篇」では、関尹や老聃の説として太一が登場します。そこでは、常に形を持たずに変化する「無」なるものと、形を持って存在する「有」なるものの両方を一つに統括する根源として描かれています。

また、『呂氏春秋』の「大楽篇」においては、太一は「道」そのものであるとされます。「道」は形がなく名づけることも困難ですが、あえてその本質を表すならば「太一」に他ならないと述べられています。さらに、この篇では太一を起点とする宇宙生成論が唱えられており、太一から「両儀」（陰と陽）、そして「陰陽」から万物が生み出されたと説かれます。

郭店楚墓から出土した竹簡に基づく書『太一生水』は、これとは異なる、しかし太一を起点とする別の宇宙生成論を記しています。この書によれば、まず最初に太一が存在し、太一から「水」が生まれ、次に太一と水が合わさって「天」が誕生し、さらに太一と天から「地」が生まれた、というように、段階的に宇宙が形成された過程が語られています。

天上世界の太一

漢代になると、太一は単なる哲学的な概念に留まらず、天上世界における具体的な星、そして神格として認識されるようになります。

『淮南子』の「天文訓」では、「紫宮は太一の居」と記され、太一は天上世界の宮殿である紫微宮に位置するとされました。『史記』の「天官書」にも「中宮天極星、其の一に明るきは太一の常居」とあり、天の中心に位置する星、すなわち北極星付近が太一の常住する場所と見なされていたことが分かります。

さらに、『史記』の「封禅書」には、謬忌（びゅうき）という人物が漢の武帝に対し、太一を祀ることを進言した故事が記されています。謬忌は太一を天神の中で最も尊い存在とし、五帝はその補佐役であると説きました。武帝はこの進言を受け入れ、太一を祀るための壇を設け、天一・地一・太一という三柱の神を祀る国家祭祀を行いました。

以後、太一は天の中心に位置する北極の神として強く意識され、中国の至高神である天皇大帝や昊天上帝といった神々と同一視されることもありました。後漢時代の鄭玄（じょうげん）は、『易』の注釈の中で、太一を北辰（北極星）の神と位置づけるとともに、九つの宮殿（九宮）を順次巡行するという「太一九宮の法」を説きました。

唐代から宋代にかけては、太一を含む九柱の神（太一・摂提・軒轅・招揺・天符・青竜・咸池・太陰・天一）が九宮を支配するという「九宮貴神」の信仰が盛んになりました。太一神が九宮を巡行すると考えられ、その巡行に基づいて人々の禍福を占う太一占術が発展しました。また、九宮貴神を祀るための祭壇が設けられ、国家や個人の平安を願う祭祀が行われました。

後漢時代の書『荊州占』には、「黄竜は太一の妻」という記述も見られ、太一の神格が配偶者を持つ具体的な神として捉えられていた側面も窺えます。

同一視される概念

太一の概念は、時代や地域、思想によって様々な他の概念と同一視されることがあります。

太極（たいきょく）：万物の根源、宇宙の究極的な実体を表す概念。
北極星（ほっきょくせい）：天の中心に位置し、宇宙の運行を司ると考えられた星。
大日如来（だいにちにょらい）：密教において宇宙そのものであるとされる仏。
天照大神（あまてらすおおみかみ）：日本の最高神。伊勢神宮との関連で太一との同一視が見られることがあります。

太一は、古代中国において哲学的な根源から天上世界の至高神に至るまで、多様な意味合いを持つ、極めて奥深い概念と言えるでしょう。その思想や信仰は、後の中国思想や宗教、天文観にも大きな影響を与えました。

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